不動産に効く民法 ── 契約・物権・相隣関係
- 民法は総論から入らない。事故が起きる場面から逆引きするほうが実務では役に立つ
- 最も事故が多いのは代理。委任状の確認を怠ると、契約そのものが効力を生じない
- 共有物の扱いは2023年4月に改正された。軽微な変更は持分の過半数でできる
- 登記を備えなければ第三者に対抗できない。決済と同時に登記を申請する理由がここにある
民法の教科書は総論から始まります。しかし実務で必要になるのは、「この場面で、何を確認すべきか」という形の知識です。
売主の代理人だという人が来た。所有者が三人いる。相続が終わっていない。契約後に「思っていたのと違う」と言われた。こうした場面ごとに、根拠となる条文と、確認すべきことが決まっています。
この記事では、実務で事故が起きやすい六つの場面を取り上げ、そこから民法を逆引きします。
場面一 代理人が出てきたとき
最も事故が多い場面です。売主本人ではなく、家族や知人、あるいは別の業者が「代理で来ました」と言う。
代理権がなければ、契約は効力を生じない
代理権のない者が本人の名で行った契約は、本人が追認しない限り、本人に対して効力を生じません(民法113条)。契約書に署名押印があっても、代理権がなければ無効です。
この場合、相手方は無権代理人に対して履行または損害賠償を請求できますが(117条)、本人から物件を取得することはできません。取引そのものが成り立たなくなります。
- 本人の実印と印鑑証明書 発行から3か月以内のものが一般的
- 委任事項の範囲 「一切の件」ではなく、売却・価格・引渡しなど具体的に
- 物件の特定 登記事項証明書のとおりに記載されているか
- 作成日と有効期限
- 本人への直接確認 電話や面談で、委任の事実と内容を確かめる
最後の一点が最も重要です。委任状は偽造されることがあります。本人に直接確認した記録を残してください。
表見代理
代理権がなくても、本人が代理権を与えたかのような外観を作っていた場合、相手方が善意無過失であれば契約が有効になることがあります(109条、110条、112条)。
ただし、これはこちらが確認を尽くしていた場合に限られます。委任状も見ず、本人にも確認しなかったのであれば、過失があるとされ、保護されません。「表見代理があるから大丈夫」という発想では動かないでください。
場面二 所有者が複数いるとき
共有の不動産では、行為の内容によって必要な同意が変わります。この区分は2023年4月に改正されました。
| 行為 | 必要な同意 | 例 |
|---|---|---|
| 保存行為 | 各共有者が単独でできる | 修繕、不法占拠者への明渡し請求 |
| 管理行為 | 持分の価格の過半数 | 短期の賃貸借、共有物の管理者の選任 |
| 軽微な変更 | 持分の価格の過半数 | 形状または効用の著しい変更を伴わない改良 |
| 変更行為 | 共有者全員の同意 | 建替え、大規模な改造 |
| 処分行為 | 共有者全員の同意 | 売却、抵当権の設定 |
売却には全員の同意が要ります。一人でも反対すれば、共有物全体としては売れません。ただし、各共有者は自分の持分だけを単独で処分できます。
2023年4月の改正で加わったもの
- 軽微な変更が、全員同意から持分の過半数に緩和された
- 所在等が分からない共有者がいる場合、裁判所の決定を得て、その者以外で変更・管理ができる
- 賛否を明らかにしない共有者がいる場合も、裁判所の決定により管理ができる
- 所在等不明共有者の持分の取得・譲渡の裁判が新設された
共有者の一部と連絡が取れない案件で、従来は手詰まりだったものが動かせるようになっています。該当する案件では、専門家と検討してください。
場面三 相続が絡むとき
登記名義人が亡くなっていて、相続登記がされていない。実務で頻繁に出会う状況です。
遺産分割前は共有
相続が開始すると、遺産は相続人の共有になります。遺産分割が済むまで、特定の相続人が単独で処分することはできません。
売却するには、相続人全員を確定し、全員の同意を得るか、遺産分割を完了させて名義を移す必要があります。相続人の確定には戸籍の収集が要り、数を重ねると時間がかかります。
相続登記の義務化
2024年4月1日から、相続により不動産を取得した相続人は、取得を知った日から3年以内に相続登記を申請する義務を負います。施行前に発生した相続も対象です。
簡易な手続きとして相続人申告登記も設けられました。相続人であることを申し出ることで、申請義務を履行したものとみなされます。ただし、これは権利を公示するものではないため、売却の前提にはなりません。
場面四 契約後に「思っていたのと違う」と言われたとき
錯誤
意思表示に錯誤があり、それが重要なものであれば、取り消すことができます(95条)。2020年の改正で、旧法の「無効」から「取消し」に変わりました。
ただし、表意者に重大な過失があった場合は取り消せません。また、動機の錯誤については、その動機が表示されて契約の内容になっていたことが必要です。「投資目的だと思っていた」だけでは足りず、それが契約の前提として示されていたかが問われます。
詐欺
詐欺による意思表示は取り消せます(96条)。第三者が詐欺を行った場合は、相手方がその事実を知り、または知ることができたときに限って取り消せます。
契約不適合
引き渡された物件が契約の内容に適合しない場合の責任です。追完請求・代金減額請求・損害賠償・解除が請求できます。詳しくは売買契約の記事で扱いました。
場面五 別の人が先に登記したとき
不動産に関する物権の得喪および変更は、登記をしなければ第三者に対抗できません(177条)。
売買契約が成立すれば当事者間では所有権が移転しますが、それを第三者に主張するには登記が要ります。同じ物件が二重に譲渡された場合、先に登記を備えたほうが勝ちます。契約の先後ではありません。
残代金の支払いと、所有権移転登記の申請を同じ日に行うのが実務です。代金を払ってから登記まで日が空くと、その間に別の登記が入る危険があります。
司法書士が決済に同席し、書類を確認したうえで「登記できます」と確認してから代金を支払う。この順序を崩さないでください。
場面六 長年、他人が使っているとき
他人の物を、所有の意思をもって平穏かつ公然と占有した者は、一定期間の経過により所有権を取得します(162条)。
| 要件 | 期間 |
|---|---|
| 占有の開始時に善意無過失 | 10年 |
| それ以外 | 20年 |
実務では、境界付近の土地を長年隣地が使っていたという形で問題になります。塀の位置が筆界とずれたまま何十年も経過している場合、所有権界が筆界と異なっている可能性があります。
境界の立会いで「昔からここが境界だった」と主張される場合、この論点が背後にあります。時効取得が成立しているかどうかは法的な判断が必要なので、断定せず、事実を記録して専門家につないでください。
信義則と権利濫用
権利の行使および義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければなりません(1条2項)。権利の濫用は許されません(1条3項)。
抽象的な規定ですが、実務では説明義務の根拠として働きます。法律に明文の規定がなくても、専門家である宅建業者には、相手方の判断に影響する事実を告げる義務があるとされるのは、この考え方によります。
- 代理人が来た場合、委任状を確認した実印・印鑑証明書・委任事項・物件の特定・作成日
- 本人に直接、委任の事実と内容を確認し、記録した委任状は偽造されることがある
- 共有の場合、共有者全員と持分を確認した売却には全員の同意が必要
- 共有者に所在不明の者がいないか確認した2023年改正の手続きが使える可能性
- 登記名義人が生存しているか確認した
- 相続が絡む場合、相続人を戸籍で確定した
- 遺産分割が完了しているか確認した未完了なら全員の同意が必要
- 相続人申告登記のみの場合、売却の前提にならないことを確認した
- 買主の動機が契約の内容になっているか確認した錯誤の主張を防ぐ
- 決済と登記申請を同日に行う段取りにした
- 司法書士の立会いを手配した
- 境界付近を長年他人が使用している形跡がないか確認した時効取得の論点
- 判断に迷う法的論点は、断定せず記録して専門家につないだ
まとめ
- 民法は総論からではなく、事故が起きる場面から逆引きする。
- 代理は最も事故が多い。委任状の確認と、本人への直接確認を欠かさない。
- 共有物の売却には全員の同意が要る。2023年4月の改正で、軽微な変更などの扱いが変わった。
- 登記を備えなければ第三者に対抗できない。決済と登記申請は同日に行う。
- 相続登記は2024年4月から義務化。相続人申告登記だけでは売却の前提にならない。
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