エンジニアリングレポート ── 何を調べ、何を調べないか
- ERは調べた範囲を示す文書。建物の保証ではない
- 四つの柱は劣化・遵法性・修繕費用・環境
- 取引が止まる原因で最も多いのは遵法性
- 既存不適格と違反は扱いがまったく違う
一定規模以上の不動産を取得するとき、建物について技術的な調査報告書を取ります。
これがエンジニアリングレポート、通称ERです。証券化やファンドの取引では、ほぼ必ず作成されます。
この記事では、ERが何を明らかにし、何を明らかにしないかを整理します。
誰のための文書か
| 使う人 | 何のために |
|---|---|
| 買主・投資家 | 取得するかどうかの判断 |
| 金融機関 | 融資の可否と条件 |
| 鑑定評価 | 修繕費用や遵法性を評価に織り込む |
| 運用者 | 取得後の修繕計画 |
| 投資家への説明 | デューデリジェンスを行った証跡 |
作成するのは、当事者から独立した技術者です。
売主が作ったものをそのまま信用する、という性質のものではありません。
誰の依頼で、いつ作られたか。これを最初に確認してください。
四つの柱
| 項目 | 調べること |
|---|---|
| 建物状況調査 | 劣化の状況、設備の状態 |
| 遵法性調査 | 法令に適合しているか |
| 修繕更新費用 | 今後かかる費用の見積り |
| 環境リスク | 土壌汚染、有害物質 |
これに加えて、地震リスク評価と再調達価格の算定が含まれることが一般的です。
遵法性調査 ── ここで止まることが多い
どちらも「現行の基準に合っていない」状態ですが、扱いが根本的に違います。
| 既存不適格 | 違反 | |
|---|---|---|
| 建てた時点 | 適法だった | 違法だった |
| なぜ合わないか | その後、法令が変わった | 当初から守っていない |
| 現状 | そのまま使える | 是正を求められうる |
| 建て替え | 現行基準による | 同上 |
| 融資 | 付くことが多い | 付きにくい |
違反があれば、取引そのものが成立しないことがあります。
金融機関は違反建築物への融資に慎重です。是正には費用と時間がかかり、是正できない場合もあります。
確認される項目
- 確認済証・検査済証の有無
- 建築後の増改築が、確認を受けているか
- 用途変更の手続きを経ているか
- 定期調査・検査の報告がなされているか
- 消防用設備の設置と、点検報告
- 容積率・建蔽率の超過
- 避難経路が確保されているか
- 各種の届出
古い建物では、確認は受けたが完了検査を受けていないという例が多くあります。
この場合、適法に完成したことを公的に示せません。
支障が出るのは、次の場面です。
- 融資
- 用途変更や増築の確認申請
- 売却時の説明
特定行政庁で台帳記載事項証明書を取得し、確認の履歴だけでもたどれるか確かめてください。
また、検査済証がない場合の調査方法として、指定確認検査機関による法適合状況調査という手段が用いられることがあります。
修繕更新費用
| 内容 | |
|---|---|
| 緊急・短期 | ただちに、または近い時期に必要なもの |
| 長期 | 一定期間を通じて必要となる総額 |
短期の費用は、価格の交渉に直結します。
「取得後すぐにこれだけかかる」という額は、そのまま値引きの根拠になります。
長期の費用は、保有期間中の収支計画に織り込みます。
同じ建物でも、前提の置き方で金額が大きく動きます。
- どの水準まで直すか 最低限か、原状回復か、性能向上か
- 何年分を見るか
- 物価の上昇を織り込むか
- 稼働しながらの工事か、休止できるか
- 開けてみないと分からない部分の扱い
金額だけを見ず、前提条件を必ず読んでください。
複数のERを比べる場合、前提が揃っていなければ比較になりません。
環境リスク
| 対象 | 関わる法令 |
|---|---|
| 土壌汚染 | 土壌汚染対策法 |
| アスベスト | 大気汚染防止法、石綿障害予防規則 |
| PCB | PCB特別措置法 |
| フロン | フロン排出抑制法 |
調査は、まず資料と聞き取りから始まります。
- 過去の登記、古い地図、航空写真
- かつて何に使われていたか 工場、クリーニング店、ガソリンスタンド
- 有害物質を使用する施設の届出
- 周辺の状況
この段階で疑いが出れば、土壌の採取と分析に進みます。
汚染が判明した場合、除去や封じ込めに多額の費用がかかります。
また、一定の場合には法律上の調査義務が生じます。土地の形質変更や、有害物質使用施設の廃止のときです。
取得前に確認しておかなければ、後で負担を引き受けることになります。
アスベスト
一定の時期までに建てられた建物では、使用されている可能性があります。
- 解体・改修の際に、事前調査と届出が必要
- 除去の費用が生じる
- 工事の期間が延びる
- 飛散防止の措置
改修や建て替えを前提に取得するなら、この費用を必ず見込んでください。
地震リスク評価
地震によってどの程度の損失が生じうるかを、再調達価格に対する割合で示します。
これを予想最大損失率(PML)と呼びます。
| 使われ方 | 内容 |
|---|---|
| 保険 | 地震保険を付けるかの判断 |
| 融資 | 一定の水準を超えると条件が付くことがある |
| 投資判断 | 複数物件のリスク分散 |
PMLの算出には、想定する地震の規模や再現期間などの前提があります。
前提が違えば、数値も違います。
また、これは建物の耐震性能そのものを示す指標ではありません。
立地の地震ハザードと、建物の特性の両方から算出されます。同じ建物でも、場所が違えば数値が変わります。
数値を単独で見ず、算出の前提と、耐震診断の結果を併せて確認してください。
ERの限界
ERは、限られた時間と方法で行われる調査です。
| 調べられないもの | 理由 |
|---|---|
| 隠れた部分 | 原則として非破壊・目視 |
| 入れなかった区画 | テナントの都合で立ち入れない |
| 図面がない部分 | 設計図書が失われている |
| 将来の劣化 | 予測であって、保証ではない |
| 稼働中の設備の内部 | 止められない |
報告書には、調査の範囲と限界が記載されています。
そこを読まずに結論だけ見ると、判断を誤ります。
「ERを取ったから大丈夫」ではありません。ERは、どこまで確かめたかを示す文書です。
作成時期も確認する
売主が用意したERが、数年前に作成されたものであることがあります。
- その後の劣化が反映されていない
- 法令が改正されている可能性
- 修繕費用の単価が古い
- その後の増改築が反映されていない
取得の判断に使うなら、更新するか、新たに取得することを検討してください。
住宅のインスペクションとの違い
| ER | 建物状況調査(住宅) | |
|---|---|---|
| 対象 | 投資用・大型の建物 | 既存住宅 |
| 範囲 | 劣化+遵法性+費用+環境 | 構造耐力上主要な部分、雨水の浸入 |
| 目的 | 投資判断、融資 | 売買での情報提供 |
| 位置づけ | 取引慣行 | 宅建業法に手続きの定めがある |
名称が似ていますが、範囲も目的も違います。
- 誰の依頼で作成されたか確認した
- 作成時期を確認した古ければ更新を検討
- 調査の範囲と限界の記載を読んだ
- 立ち入れなかった区画がないか確認した
- 既存不適格か違反かを区別した
- 検査済証の有無を確認した
- 増改築・用途変更の手続きを確認した
- 定期報告がなされているか確認した
- 短期の修繕費用を価格に反映した
- 修繕費用の前提条件を読んだ
- 土壌汚染の可能性を、過去の用途から確認した
- アスベストの調査と、除去費用の見込みを確認した
- PMLの算出前提を確認した
- 耐震診断の結果と併せて見た
まとめ
- ERは調べた範囲を示す文書。建物の保証ではない。
- 四つの柱は劣化・遵法性・修繕費用・環境。
- 取引が止まる原因で多いのは遵法性。既存不適格と違反は扱いが違う。
- 修繕費用は前提で大きく変わる。金額だけでなく条件を読む。
- PMLは前提込みで見る。建物の耐震性能そのものを示す指標ではない。
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