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調査

「この土地、国に返せますか?」に的確に答えるための相続土地国庫帰属制度ガイド

mrkmoffice@gmail.com

はじめに:制度創設の背景と本稿の目的

不動産の仕事に携わっていると、お客様から土地の相続に関するご相談を受ける機会が少なくありません。その中で、近年、社会的な課題として注目されているのが「所有者不明土地(しょゆうしゃふめいとち)」の問題です。

所有者不明土地とは何か

所有者不明土地とは、登記簿(とうきぼ。その土地のプロフィールが書かれている公的な書類のことです)を確認しても、現在の所有者が誰なのかすぐには分からない、または連絡がつかない土地のことを指します。こうした土地は、日本全国で増加しており、その面積は九州本島を上回るともいわれています。管理がされないまま放置されることで、周辺環境の悪化を招いたり、公共事業や災害復旧の妨げになったりするケースが報告されています。

なぜ所有者不明土地が生まれるのか

この問題の大きな原因の一つが「相続」です。土地を相続したものの、利用する予定がなく、遠方に住んでいるため管理も難しい。さらに、売却しようにも買い手が見つからず、固定資産税だけを支払い続けなければならない。このような状況から、相続登記がされないまま次の世代へと引き継がれ、結果的に誰が本当の所有者なのか分からなくなってしまうのです。

本稿の目的

こうした状況を改善するための一つの策として、2023年4月27日から新しい制度がスタートしました。それが「相続土地国庫帰属制度」です。この制度は、一定の要件を満たした相続土地を、国が引き取るという画期的な選択肢を提供するものです。
本稿では、私たち不動産のプロがお客様に的確な情報提供ができるようになることを目的に、この「相続土地国庫帰属制度」について、その概要から具体的な手続き、実務上の注意点までを体系的に調査し、報告します。

第1章:相続土地国庫帰属制度の概要

「はじめに」で触れた所有者不明土地問題への対策として創設されたのが「相続土地国庫帰属制度」です。この章では、不動産実務の基礎知識として、この制度がどのような目的を持ち、どういった仕組みで成り立っているのかを解説します。

制度の目的と法的根拠

本制度は、正式には「相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律」という法律に基づいています。その主な目的は、利用が難しい土地を相続した方の精神的、金銭的な負担を軽くし、管理されない土地が将来的に所有者不明土地となってしまうのを未然に防ぐことにあります。あくまで、将来発生するかもしれない問題を「予防」するための制度と位置づけられています。

制度の基本的な仕組み

この制度をひと言で説明すると、「相続した土地の所有権を国に渡し、国の財産(国庫)に組み入れてもらうための仕組み」です。一定の審査を通過し、定められた負担金を納めることで、相続した土地の所有権を手放すことができます。これにより、土地の管理や固定資産税の支払いといった義務から解放されます。ただし、どんな土地でも無条件に引き取ってもらえるわけではなく、次の章で詳しく解説する「承認要件」を満たす必要があります。

誰がこの制度を利用できるのか

この制度を利用できるのは、どのような人なのでしょうか。主な条件を整理します。

申請できる方

原則として、相続や遺贈(いぞう。遺言によって財産を受け取ることです)によって土地の所有権を取得した方(相続人)が対象となります。

申請できないケース

例えば、売買によって土地を購入した方や、親から生前に贈与された土地などは、この制度を利用できません。あくまで「相続」というきっかけで取得した土地に限定される点が特徴です。

土地が共有名義の場合

兄弟姉妹など、複数人で土地を共同相続し、共有名義になっているケースも少なくありません。この場合、共有している方全員が一緒に申請手続きを行う必要があります。共有者の一人だけが単独で申請することは認められていません。

第2章:国庫帰属の承認要件に関する調査

第1章では制度の全体像を把握しました。この章では、お客様からの「この土地は引き取ってもらえますか?」という問いに答えるため、国庫帰属が認められる土地の「承認要件」について詳しく調査し、報告します。

承認要件の基本的な考え方

個別の要件を見ていく前に、まず基本的な考え方を理解しておくことが大切です。それは、「国が引き取った後、通常の管理や処分をするにあたって、過大な費用や手間がかからない土地であること」という視点です。この基準に照らし合わせることで、なぜその要件が定められているのかが分かりやすくなります。法律では、申請段階で受け付けられない「却下事由」と、審査の結果承認されない「不承認事由」が定められています。

申請が認められない土地の類型(却下事由)

ここでは、申請手続きをしても、審査に進む前に受け付けてもらえない土地の主な条件を解説します。

建物がある土地

申請する土地は更地であることが大原則です。建物はもちろん、倉庫やビニールハウス、古くなった基礎部分などが残っている場合も申請は認められません。

権利関係が複雑な土地

住宅ローンを組んだ際の担保権(たんぽけん。万が一お金が返せなくなった場合に、その土地を借金のカタとして確保しておく権利のことです)が設定されていたり、他の誰かに地上権や賃借権といった土地を使う権利が設定されていたりする土地は対象外となります。

境界が不明確な土地

隣地との境界線がどこなのかはっきりしない土地や、土地の所有権の範囲について他人と争いがある(係争中などの)土地は、そのままでは申請できません。

審査において承認されない土地の類型(不承認事由)

申請は受け付けられても、法務局による審査の結果、管理が難しいと判断され、承認されない土地もあります。

管理・処分を妨げるモノがある土地

土地の上に、放置された車両や古い井戸、管理されていない墓石などがある場合や、土地の中にコンクリートガラなどの障害物が埋まっている場合は承認されません。また、通常の管理を妨げるほどの大量の樹木が生い茂っている場合もこれに該当することがあります。

管理に過大な費用がかかる土地

例えば、崩落の危険がある崖地(がけち)で、安全を確保するために多額の費用がかかる擁壁(ようへき)工事が必要と判断されるような土地です。

隣接地とのトラブルが必要な土地

他人の土地に囲まれていて公道に出られない「袋地(ふくろち)」のうち、通行権について隣地の所有者と争いを解決しなければならないような土地は、承認されない可能性があります。

これらの要件を正確に判断するには、登記簿などの書類調査だけでなく、現地の状況をしっかりと確認することが不可欠です。

第3章:申請手続き及び費用の詳細

第2章で解説した承認要件を満たす可能性がある土地について、次はお客様へ具体的な手続きの流れと、必要となる費用を説明する必要があります。この章では、申請から国庫への帰属が完了するまでのプロセスと、費用に関する詳細を調査し、報告します。

申請から国庫帰属までのフロー

手続きは、大まかに以下のステップで進行します。申請先は、その土地の所在地を管轄する法務局または地方法務局の、本局(不動産登記を扱っている庁舎)となります。

ステップ1 承認申請

定められた様式の申請書に、承認を受けようとする土地に関する情報を記載し、必要な添付書類と共に管轄の法務局へ提出します。

ステップ2 書類審査と実地調査

申請が受理されると、法務局による審査が開始されます。提出された書類の内容確認のほか、法務局の担当官が実際に現地を訪れ、土地の状況(境界や管理状態など)を調査します。

ステップ3 承認または不承認の通知

審査の結果に基づき、法務局から申請者へ承認するかどうかの結果が書面で通知されます。

ステップ4 負担金の納付

承認の通知を受けた場合、申請者は通知を受け取った日から30日以内に、定められた「負担金」を国に納付する必要があります。

ステップ5 国庫への帰属

負担金の納付が確認された時点で、土地の所有権は正式に国へ移転し、一連の手続きは完了となります。この後は、土地の管理責任や固定資産税の納税義務はなくなります。

必要となる2種類の費用

この制度を利用するにあたり、申請者が負担する費用は大きく分けて2種類あります。

審査手数料

申請時に納める費用で、法務局の審査にかかる手数料です。土地1筆(ひとふで。登記簿上で一つの土地とされる単位です)あたり14,000円を、収入印紙で納付します。この手数料は、審査の結果、不承認となった場合でも返還されません。

負担金

審査を通過し、承認された場合にのみ納付する費用です。これは、国が今後10年間にわたり、その土地を管理するために必要と見込まれる費用に相当します。負担金の額は土地の性質によって異なり、例えば、田畑や森林、宅地といった地目ごとに標準的な金額が定められていますが、多くの土地で20万円が基本となります。ただし、市街地の宅地や管理に手間がかかる山林など、土地の面積や状況によっては、基本額に加えて追加の算定が行われる場合があります。

第4章:制度活用の実務的考察

これまで制度の概要から手続き、費用について調査してきました。この章では、それらの情報を踏まえ、私たち不動産のプロフェッショナルが実務においてこの制度をどのように位置づけ、お客様へどのような提案を行うべきかを考察します。

制度利用における便益の分析(メリット)

まず、お客様がこの制度を利用することで得られる便益、つまりメリットを整理します。

管理責任と税負担からの解放

最大の便益は、土地の所有者であり続ける限り発生する義務から、完全に解放される点です。具体的には、定期的な草刈りなどの維持管理や、隣地との境界をめぐるトラブルのリスク、そして毎年の固定資産税の支払い負担がなくなります。

市場価値の低い土地の処分可能性

一般の市場では買い手を見つけるのが難しい山林や原野、市街化調整区域内の農地など、資産価値が低く、売却が困難な土地を手放せる可能性があることは、大きな利点といえます。

制度利用における不利益と注意点(デメリット)

次に、制度利用に伴う不利益や、提案時に注意すべき点を挙げます。

金銭的負担の発生

不動産の処分といえば一般的に売却益をイメージしますが、本制度は逆です。審査手数料と数十万円単位の負担金を支払う、つまり「費用をかけて手放す」という点を明確にお客様へ伝える必要があります。

承認の不確実性

第2章で確認した通り、国が引き取る土地の要件は厳格です。申請したからといって必ず承認されるわけではなく、却下や不承認となるリスクが存在します。

不動産仲介業務における提案の視点

これらの便益と不利益を踏まえ、私たちはこの制度をどのように扱うべきでしょうか。

第一選択肢としての売却可能性の調査

不動産の専門家としてまず行うべきは、対象不動産の市場価値を的確に調査し、売却の可能性を探ることです。たとえお客様が「価値がない土地だ」と思い込んでいても、専門的な視点で見れば、近隣の開発計画や潜在的なニーズによって、予想外の価格で売却できる可能性もゼロではありません。したがって、安易に国庫帰属制度を勧めるのではなく、まずは査定を通じて市場での価値を明らかにすることが私たちの責務です。

国庫帰属制度の適切な位置づけ

本制度は、あらゆる土地問題の解決策となる万能なものではありません。売却が著しく困難であり、かつ土地を所有し続けることの負担(税金や管理費)が、制度利用の費用を上回ると合理的に判断される場合に初めて有効となる「最終手段に近い選択肢」と位置づけるのが適切だと考えられます。

私たちの役割は、お客様からご相談を受けた際に、売却や活用、そして国庫帰属といった複数の選択肢を公平な視点で提示し、それぞれのメリット・デメリットを丁寧に説明することです。その上で、お客様がご自身の状況に最も合った判断を下せるよう、専門家としてサポートしていくことが求められます。

まとめ:不動産実務における本制度の意義と今後の展望

本報告では、所有者不明土地問題という社会的背景から生まれた「相続土地国庫帰属制度」について、その概要、要件、手続き、そして実務上の考察を体系的に調査しました。

本報告の総括

調査の結果、本制度は、利用価値が低く管理に苦慮する土地を相続した方々にとって、所有権を手放すための新たな選択肢を提供するものであることが明らかになりました。一方で、その利用には厳格な承認要件が定められており、審査手数料や負担金といった金銭的負担も発生します。このことから、本制度はあらゆるケースで有効な万能薬ではなく、不動産仲介の実務においては、まず対象地の市場価値を調査し売却の可能性を最大限に探ることが先決であり、本制度はその後の選択肢として位置づけるのが妥当であると結論付けられます。

不動産実務における本制度の意義

私たち不動産の専門家が本制度の知識を持つことの意義は、お客様への提案の幅を広げ、より多角的なコンサルティングを可能にすることにあります。これまで有効な処分方法がなく、ただ負担を抱え続けるしかなかったお客様に対し、費用や条件といった現実的な情報と共に、具体的な「出口戦略」の一つを提示できるようになったことは、顧客からの信頼を高める上で大きな価値を持ちます。

今後の展望

2023年に施行された本制度は、まだ歴史が浅いものの、社会的な認知度の向上に伴い、今後さらに相談件数は増加していくことが予想されます。それに伴い、運用上の実績が蓄積され、将来的な課題の洗い出しや、より利用しやすい形への制度改正に向けた議論が進む可能性も考えられます。
私たち不動産実務に携わる者は、単に現行制度を解説するだけでなく、常に最新の法改正や運用状況の動向に注意を払い、知識を更新し続けることで、お客様一人ひとりの状況に合わせた最善の解決策を提供していくことが求められます。

ABOUT ME
株式会社三成開発
株式会社三成開発
土地家屋調査士行政書士 村上事務所
社名
株式会社三成開発

関連企業
土地家屋調査士行政書士 村上事務所


熊本県土地家屋調査士会登録番号
第1248号

熊本県行政書士会登録番号
第04431128号

一般建設業熊本県知事許可
(般-5)第20080号

住所
〒860-0088
熊本県熊本市北区津浦町44-5

創業
2004年6月

保有資格
技術士 地方及び都市計画
一級建築士
建築主事
行政書士
宅地建物取引主任士
土地家屋調査士
既存住宅状況調査技術者
土壌汚染対策法 技術管理者
ビル経営管理士
不動産コンサルティングマスター
マンション管理業務主任者
賃貸不動産経営管理士
2級土木施工管理技士
測量士

DOMAIN
不動産 × まちづくり × 登記測量 × 建設業許認可
不動産開発 (tiou.jp)
不動産 (chiou.jp)
まちづくり (machitoshi.jp)
登記測量(3sei.jp)
建設業許認可・経営事項審査(mkensetu.jp)

GOAL
地域のポテンシャルを最大化し、未来へ貢献。
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