CHIOU / 株式会社地央

説明義務の法的根拠 ── どこから生じるか

この記事の要点
  • 説明義務の根拠は一つではない。宅建業法・信義則・不法行為が重なって働く
  • だから「35条に書いていない」は理由にならない。列挙されていない事実でも義務が生じる
  • 「知らなかった」で済むかは、調査すべきだったかで決まる。専門家には高い注意義務が課される
  • 尽くしたと言えるのは、調べ・伝え・残したとき。三つが揃って初めて証明できる

ここまでの十七回で、調査の手順、契約書の読み方、告知義務、トラブル対応を扱ってきました。それらの根底にあるのが、説明義務です。

この義務は、宅建業法だけに由来するものではありません。三つの法的根拠が、重なり合って働いています。この構造が分かると、なぜ「書式に欄がなかった」が通用しないのか、なぜ「知らなかった」で済まないことがあるのかが見えてきます。

コースBの最終回として、説明義務の法的な構造を整理します。

なぜ説明が必要なのか

不動産取引には、他の取引にない三つの性質があります。

性質 意味すること
金額が大きい 判断を誤ったときの損失が生活を左右する
やり直しがきかない 引渡し後に「返品」はできない
情報の差が大きい 専門家でなければ調べられないことが多い

最後の点が決定的です。登記記録の読み方、道路の種別、用途地域の制限。これらは一般の買主には調べられません。調べられる側が伝えなければ、判断のしようがない。説明義務は、この差を埋めるために存在します。

三つの根拠が、重なって働く

根拠 内容 違反の効果
宅建業法35条 列挙された重要事項を、契約前に書面で説明する 監督処分・罰則
宅建業法47条1号 重要な事実を故意に告げない・不実を告げることの禁止 監督処分・罰則
民法1条2項(信義則) 相手方の判断に必要な情報を提供する付随的義務 損害賠償
民法709条(不法行為) 故意・過失により損害を与えた場合の賠償責任 損害賠償

一と二は行政法上の規制、三と四は民事上の責任です。この二系統は同時に働きます。行政処分を受けなくても損害賠償を負うことはありますし、その逆もあります。

第一の柱 宅建業法35条

宅地建物取引業者は、契約が成立するまでの間に、宅地建物取引士をして、重要事項を記載した書面を交付して説明させなければなりません。

説明すべき事項は条文と施行規則に列挙されています。登記された権利、法令に基づく制限、私道に関する負担、飲用水・電気・ガスの供給施設と排水施設、代金以外に授受される金銭、契約の解除、損害賠償額の予定など。

これは「最低限これは説明せよ」という下限です。上限ではありません。

第二の柱 宅建業法47条1号

業務に関して、相手方等の判断に重要な影響を及ぼすこととなるものについて、故意に事実を告げず、または不実のことを告げる行為が禁じられています。

35条と47条は、役割が違う

35条は「列挙された事項を説明する義務」47条は「知っていることを隠してはならない禁止」です。

したがって、35条に列挙されていない事実でも、47条違反になりえます。「書式に欄がなかった」「法定事項ではない」は、隠してよい理由になりません。

第三の柱 信義則

民法1条2項は、権利の行使と義務の履行を信義に従い誠実に行うことを求めています。

この原則から、契約の準備・交渉の段階においても、相手方が適切な判断をするために必要で、かつ相手方が容易に知り得ない情報については、提供する義務が生じると解されています。契約書に書かれていなくても、契約に付随する義務として認められるものです。

この義務は、媒介業者と依頼者の間だけでなく、直接の契約関係がない相手方当事者との間にも認められうるとされています。売主側の媒介業者が、買主に対して負う場合があるということです。

第四の柱 不法行為

故意または過失によって他人の権利・利益を侵害した者は、損害賠償の責任を負います(民法709条)。

伝えるべき情報を故意に伝えなかった場合はもちろん、必要な調査を怠ったために誤った情報を提供した場合も、この責任が問われます。

「知らなかった」で済むか

47条は「故意に」告げないことを禁じています。知らなければ、この条文の違反にはなりません。

しかし民事上の責任は別です。問われるのは「知っていたか」ではなく「知るべきだったか」です。

専門家には、高い注意義務が課される

不動産取引の専門家である宅建業者には、一般の人より高い注意義務が求められます。通常の注意をもってすれば知り得た事実については、調査する義務があるとされています。

したがって、「調べなかったので知らなかった」は、多くの場合、過失があったと評価されます。逆に、調べたが分からなかった、という記録があれば、注意義務を尽くしたことの証明になります。

調べるべき範囲はどこまでか

無限ではありません。判断の目安は次のとおりです。

  • 公的資料で確認できること 登記記録、公図、都市計画情報、道路種別、ハザードマップ。これらは調べる前提です
  • 現地で見れば分かること 境界標の有無、越境、外観の状態、周辺環境
  • 売主に聞けば分かること 修繕履歴、不具合、近隣とのトラブル
  • 疑問が生じたら追う 資料に矛盾があった、現地と図面が違った。気づいたのに追わなかったのが、いちばん重い

逆に、専門家に依頼しなければ分からないこと(構造計算の適否、土壌汚染の有無など)については、その可能性を示し、調査の手段を案内するところまでが役割です。

説明を尽くしたと言えるのは、三つが揃ったとき

調べ・伝え・残す

調べる 公的資料、現地、売主への聞き取り。疑問が生じたら追う。

伝える 調べた結果を、相手が理解できる形で。専門用語には補足を添える。

残す 説明の日時、内容、質疑。記録がなければ、説明していても「していない」ことになります。

三つのうち一つでも欠けると、後から証明できません。とくに三つ目は軽視されがちですが、争いになったときに参照されるのは記録だけです。

伝え方の工夫

  • 影響の大きい順に伝える 書面の項目順に読み上げるだけでは、どこが重要か伝わりません
  • 視覚的な資料を使う 公図、都市計画図、写真。言葉だけより理解が早くなります
  • 専門用語に補足を添える 「二項道路」ではなく「昔からある幅の狭い道で、建て替えのときは下がって建てることになります」
  • 質問を促す 説明の途中と最後に、質問がないか確認します

不利な情報こそ、正確に

物件の良い点を伝えることは営業として当然ですが、不利な情報も同じ精度で伝える必要があります。

短期的な成約を優先して不都合な情報を伏せると、後で大きな問題になります。不利な情報を伝えたうえで、対策や許容できる範囲を一緒に考える。これが専門家の仕事です。

説明義務違反が問われる典型

類型 問題になる点
再建築の可否 接道義務を満たさないことを説明しなかった。更地にしてから判明すると取り返しがつかない
用途の制限 買主の利用目的が用途地域で認められないことを確認・説明しなかった
境界・越境 境界未確定や越境の事実を伝えなかった
インフラ 引込みがなく、多額の工事費がかかることを説明しなかった
近隣の事情 把握していた建築計画や環境上の問題を伝えなかった
利用目的を確認しないと、説明の過不足が判断できない

買主が何をしようとしているかによって、説明すべき事項が変わります。店舗を開きたいのか、住むのか、貸すのか、事業所を建てたいのか。

目的を聞かずに一般的な説明だけをして、後から「その目的では使えなかった」となれば、説明義務違反を問われます。目的を確認し、その目的に照らして問題がないかを調べる。この順序を守ってください。

説明義務は、身を守る仕組みでもある

説明義務を「面倒な規制」と受け取ると、最小限で済ませようとします。しかし逆です。

調べて、伝えて、記録に残した業者は、後から問われても説明できます。調査を尽くしたうえで分からなかったこと、伝えたうえで相手が了承したこと。これらが記録に残っていれば、責任の範囲がはっきりします。

説明義務は、相手を守る仕組みであると同時に、自分を守る仕組みでもあります。

実務チェックリスト
  • 買主の利用目的を確認した目的によって説明すべき事項が変わる
  • 公的資料を取得した登記記録・公図・都市計画情報・道路種別・ハザードマップ
  • 現地を確認した境界標・越境・外観・周辺環境
  • 売主に聞き取り、書面で申告してもらった
  • 資料の矛盾や現地との食い違いに気づいたら、追った気づいて追わなかったのが最も重い
  • 専門家の領域は、可能性を示して調査の手段を案内した
  • 35条の法定事項をすべて記載した空欄を残さない
  • 法定事項でなくても、判断に影響する事実を説明した
  • 不利な情報も同じ精度で伝えた
  • 影響の大きい順に、要点を先に伝えた
  • 視覚的な資料を使い、専門用語に補足を添えた
  • 質問を促し、質疑を記録した
  • 説明の日時・場所・出席者を記録した
  • 調べて分からなかったことを「確認できず」と記録した

まとめ

  • 説明義務の根拠は、宅建業法35条・47条、民法の信義則、不法行為の四つが重なって働く。
  • 35条は下限であって上限ではない。列挙されていない事実でも説明義務が生じる。
  • 「知らなかった」で済むかは、知るべきだったかで決まる。専門家には高い注意義務がある。
  • 尽くしたと言えるのは、調べ・伝え・残したとき。三つが揃って初めて証明できる。
  • 買主の利用目的を確認しないと、説明の過不足が判断できない。
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