まちづくりと不動産価値 ── 事例から読み解く
- 他所の成功事例は、そのまま持ち込んでも成立しない。前提条件が違う
- 読むべきは施策の内容ではなく、何があったから成立したのかという条件
- 多くの事例に共通するのは十年単位の時間と、続ける主体の存在
- 移植できるのは仕組みと考え方。景観や業種をそのまま真似しても効かない
「富山市のようなコンパクトシティを」「うちにも黒壁スクエアのような通りを」。視察に行き、資料を持ち帰り、同じことをやってみる。そして続かない。
各地で繰り返されてきたことです。うまくいった施策には、必ずそれが成立するための前提条件があります。条件を見ずに施策だけを移すと、形は似ても機能しません。
この記事では、事例をどう読むか、何が移植できて何ができないかを扱います。事例の紹介そのものより、読み方に重心を置きます。
事例を読むときの四つの問い
| 問い | 見るところ |
|---|---|
| 何があったから成立したのか | すでにあったストック。鉄道、歴史的建造物、通信インフラ、人材 |
| 誰が続けたのか | 行政の一部署か、第三セクターか、NPOか、民間企業か。担当者が替わっても続いたか |
| どれだけの時間がかかったのか | 着手から成果が見えるまでの年数 |
| 何を捨てたのか | 限られた資源をどこに集中させ、どこを諦めたか |
四つ目が最も語られません。成功事例の紹介は、うまくいった部分だけを取り出します。しかし実際には、必ず何かを諦めています。
富山市 ── 何が効いたのか
公共交通を軸としたコンパクトなまちづくりで知られます。2006年に旧JR富山港線を転換したLRT(富山ライトレール)が開業し、その後も路面電車網の整備が進められました。
既存の鉄道路線があった。ゼロから軌道を敷いたのではなく、輸送密度の低下していた既存路線を転換しました。用地取得の必要が小さく、初期投資を抑えられます。
長期にわたる一貫性。構想から整備、そして沿線への居住誘導まで、十年単位で方針が維持されました。首長が替わっても方向が変わらなかったことが大きい。
居住誘導と組み合わせた。交通を整備しただけでなく、沿線への住み替えに補助を出すなど、人の動きを伴う施策を並行させました。
移植を考えるとき
転換できる既存路線がない都市で、同じことはできません。しかし「既存のストックを転換する」「交通と居住をセットで動かす」「方針を長期にわたって維持する」という考え方は移植できます。
バス路線の再編、コミュニティバスの拠点化、駅前への公共施設の集約。手段は違っても、構造は同じです。
長浜市黒壁 ── 民間が主体になった
歴史的建造物の保存から始まり、ガラス工芸をテーマとした店舗展開で観光地として再生した事例です。1988年に第三セクターとして株式会社黒壁が設立され、事業主体となりました。
残すべき建物が実際にあった。取り壊しが検討されていた歴史的建造物の保存が出発点です。何もないところにテーマを作ったのではありません。
会社という主体を作った。行政の事業ではなく、出資を集めた株式会社が運営しました。採算を意識し、意思決定が速く、担当者の異動に左右されない。この形が持続を支えました。
テーマを絞った。「ガラス」という一点に集中し、他の業種を追いませんでした。何を捨てるかが明確でした。
移植を考えるとき
「古い町並みを観光地にする」という表面だけを真似ると、多くの場合うまくいきません。問われるのは、続ける主体を作れるかどうかです。
行政の予算事業として始めると、補助が切れた時点で止まります。採算を負う主体を先に作れるか。ここが分かれ目です。
徳島県神山町 ── 条件が先にあった
サテライトオフィスの誘致と、移住者の受け入れで知られる事例です。過疎地域でありながら、IT企業の拠点が複数立地しました。
通信環境が整っていた。光ファイバー網が早い段階で整備されていたことが、IT企業の立地を可能にしました。これがなければ、どれだけ働きかけても成立しません。
受け入れる主体が先にあった。アーティストの滞在制作事業などを通じて、外から来る人を受け入れる経験と体制が、企業誘致より先に蓄積されていました。
誰を呼ぶかを選んだ。数を追わず、地域に必要な人材を逆算して受け入れる方針が取られました。
移植を考えるとき
「サテライトオフィスを誘致する」という施策だけを立てても、通信環境と受け入れ体制がなければ動きません。
順序が逆になっている計画をよく見ます。誘致が先にあり、条件整備が後回しになる。条件が先、施策が後です。
共通してあるもの
| 内容 | |
|---|---|
| 時間 | 着手から成果が見えるまで、おおむね十年以上 |
| 主体 | 担当者の異動に左右されない、続ける組織 |
| 既存のストック | ゼロからではなく、すでにあるものの転換 |
| 集中と放棄 | 資源を一点に集め、他を諦めた |
| 採算の意識 | 補助金が切れた後も回る仕組み |
成功事例に共通するのは、十年単位で続いたことです。三年の補助事業として設計されたものは、三年で終わります。
計画を立てる側であれば、「補助が終わった後、誰が何の収入で続けるのか」を最初に決めてください。ここが決まっていない計画は、開始時点で終わりが見えています。
移植できるもの、できないもの
| 例 | |
|---|---|
| 移植できる | 事業主体の作り方/資金の回し方/合意形成の進め方/段階の踏み方/何を捨てるかの決め方 |
| 移植できない | 景観そのもの/扱う業種やテーマ/立地条件/既存のインフラ/その土地の歴史 |
形を真似ると失敗し、構造を真似ると使えます。ガラス工芸を持ち込んでも意味はありませんが、「一点に絞る」「会社を作る」という構造は、どこでも使えます。
実務者としての使い方
物件を扱うとき
- 計画の段階を確認する 構想段階か、事業化されているか、財源が確保されているか
- 主体を確認する 誰が続けるのか。行政の単年度事業なのか
- 実績を確認する 過去に同種の計画があり、途中で止まっていないか
周辺に開発計画があることを売り文句にすることがありますが、構想段階の計画は実現しないことがあります。
計画があるという事実は伝えてよいのですが、実現が確実であるかのように伝えると、後で問題になります。段階と主体を添えて伝え、記録に残してください。
相談を受けるとき
地権者や事業者から「地域でこういうことをやりたい」と相談されることがあります。そのとき確認すべきは、次の順です。
- すでにあるストックは何か 建物、土地、人、技術、通信環境
- 誰が続けるのか 組織の形、意思決定の仕組み
- 十年後、何の収入で回っているのか
- 何を諦めるのか
この四つに答えられない計画は、まだ計画になっていません。先行事例を紹介する前に、この整理を促すほうが役に立ちます。
視察に行くとき
成功事例の視察では、案内される内容が「うまくいった部分」に偏ります。聞くべきは、次のような点です。
- 着手から今まで何年かかったか
- 初期の資金はどこから出たか。今の収入源は何か
- 途中で止めた取り組みはあるか。なぜ止めたか
- 担当者は何回替わったか。どうやって引き継いだか
- いま抱えている課題は何か
最後の問いに率直に答えてもらえるかどうかで、その視察の価値がほぼ決まります。
- 事例の前提条件を確認した既存ストック・主体・時間・何を捨てたか
- 自分の地域に同じ前提があるか照らした
- 移植するのが形か構造かを区別した
- (計画側)続ける主体を先に決めた
- (計画側)補助終了後の収入源を設計した
- (計画側)十年の見通しで組み立てた
- (計画側)何を諦めるかを決めた
- (物件)周辺の計画の段階を確認した構想/事業化/財源確保
- (物件)計画の実施主体を確認した
- (物件)過去に頓挫した計画がないか確認した
- (物件)計画を確実なものとして伝えていない段階と主体を添えて説明し、記録する
- (相談)四つの問いに答えられるか確認した
- (視察)課題と失敗について質問した
まとめ
- 成功事例は前提条件の上に成立している。条件を見ずに施策だけ移しても機能しない。
- 読むべきは四つ。既存のストック、続ける主体、要した時間、何を捨てたか。
- 共通するのは十年単位の時間と、担当者の異動に左右されない主体。
- 移植できるのは構造。景観や業種などの形を真似ても効かない。
- 物件を扱うとき、計画は段階と主体を添えて伝える。確実なものとして扱わない。
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