再開発が止まる理由 ── 費用と合意の二つの壁

この記事の要点
  • 再開発は保留床が売れる前提で組まれる。建設費が上がると、この前提から崩れる
  • コスト上昇は保留床の必要販売価格を押し上げる。市場価格を超えると事業が成立しない
  • 打てる手は限られる。規模縮小・用途変更・権利者負担・補助の追加・中止
  • 権利者には権利床の縮小、負担金、長期化という形で影響が及ぶ

計画が公表され、準備組合ができ、都市計画も決定した。ところが着工に至らないまま数年が過ぎる。「事業費が精査中」という説明が繰り返される。

各地で起きていることです。原因の中心にあるのは建設費の上昇ですが、問題はそれ自体ではなく、再開発事業の収支構造が、コスト上昇を吸収できない作りになっていることにあります。

コースC第3章の最終回として、採算が崩れる仕組みと、実務者としてどう関わるかを扱います。

収支構造をもう一度

支出 収入
建設工事費 保留床処分金
調査設計計画費 補助金(国・地方公共団体)
土地整備費・除却費 公共施設管理者負担金
補償費(転出・移転・営業) 参加組合員の負担金など

支出の大半は建設工事費です。収入の柱は保留床処分金。この二つの関係が、事業の成否をほぼ決めます。

コスト上昇が、どう効くか

四段階で効いてくる

一 建設工事費が上がる 資材価格、労務費、物流費。近年はいずれも上昇しています。

二 保留床の必要販売価格が上がる 支出が増えれば、同じ床面積で回収すべき金額が増えます。

三 市場価格との差が開く 必要販売価格が、その地域で実際に売れる価格を超えると、成立しません。

四 資金計画が組めなくなる 保留床が売れる見込みが立たなければ、金融機関の融資も付きません。

吸収できない理由

通常の民間開発なら、コストが上がれば着工を遅らせる、規模を変える、撤退するという判断ができます。再開発事業では、これが難しくなります。

  • 権利者との合意が済んでいる 権利変換計画を変えるには、あらためて合意が要る
  • 都市計画が決定している 容積率や用途が計画で固まっている
  • 補助金の要件がある 規模や内容を変えると、補助の前提が崩れる
  • 時間が経つほど不利 準備に十年かけていれば、権利者の高齢化や相続が進む

動きが取りにくい状態で、外部環境だけが変わる。これが再開発事業の構造的な弱さです。

数字は自分で確認する

建設費の水準は変動します。国土交通省が建設工事費デフレーターや公共工事設計労務単価を公表しています。

記事や資料に書かれた数字は、書かれた時点のものです。実務で使うときは、必ず最新の公表値を確認してください。

打てる手と、その代償

内容 代償
規模の縮小 階数・延床面積を減らす 保留床が減り、収入も減る。解決にならないことがある
仕様の見直し 設備・仕上げのグレードを下げる 保留床の販売価格も下がる
用途の変更 分譲住宅から賃貸へ、商業からオフィスへ 都市計画の変更が必要になることがある
工区の分割 段階的に施行する 全体の完成が遅れる。共用部の扱いが複雑になる
権利者の負担増 権利床を減らす、負担金を求める 合意の取り直しが必要
補助の追加 公的負担を増やす 財源に限りがある。議会と住民への説明を要する
事業の中止 組合の解散、計画の白紙 これまでの費用が回収できない
規模を縮小しても解決しないことがある

直感的には「小さく建てれば安く済む」と思えますが、保留床も同時に減るため、収入も減ります。

さらに、共用部や設備には規模に比例しない固定的な費用があります。小さくすると、床面積当たりの単価はかえって上がることがあります。

縮小が有効かどうかは、個別の収支で判断するしかありません。「小さくすればよい」という前提で話を進めないでください。

権利者に何が起きるか

事業が苦しくなると、その影響は権利者に及びます。

権利床が減る

建設費が上がると、同じ従前資産に対して配分される床が小さくなることがあります。権利変換は従前資産と等価で行われますが、床の単価が上がれば、同じ価額で取得できる面積は減ります。

負担金を求められる

組合施行では、賦課金の徴収という手段があります。実際に徴収される例は多くありませんが、制度上は可能です。

期間が延びる

これが最も現実的な影響です。着工が延びれば、その間の生活や事業を仮の状態で続けることになります。高齢の権利者にとっては、完成を見られないという事態も起こります。

転出を選ぶ人が増える

先行きが不透明になると、権利変換を希望せず転出する権利者が増えます。転出が増えれば補償費が膨らみ、事業費をさらに圧迫します。悪循環になりやすい構造です。

実務者としての関わり方

物件を扱うとき

「再開発が予定されています」で終わらせない

再開発区域内やその周辺の物件を扱うとき、計画があることだけを伝えて、成立性に触れないのは不十分です。

確認して伝えるべきことは次のとおりです。

  • 段階 準備組合/都市計画決定/組合設立認可/権利変換計画認可/着工
  • 事業計画の変更履歴 当初計画から規模や時期が変わっていないか
  • 着工予定時期 過去に延期されていないか
  • 保留床の処分見込み 取得予定者が決まっているか

これらを添えずに「再開発で価値が上がります」と伝えると、後で問題になります。

権利者から相談を受けるとき

  • 配分される床の面積が、当初の説明から変わっていないか
  • 着工と完成の見込み時期
  • 賦課金の可能性についての説明があるか
  • 転出を選んだ場合の補償額
  • 完成後の管理費・修繕積立金の見込み

「事業が本当に成立するのか」という問いには、断定して答えないでください。施行者に確認するよう促し、確認した内容を記録に残すよう助言するのが役割です。

周辺で事業を計画するとき

近隣で再開発が進んでいれば、完成時期に合わせて需要が動きます。ただし遅延の可能性を織り込んでおく必要があります。

再開発の完成を前提に事業を組み立てると、相手の遅延がそのままこちらの損失になります。

中止された場合

事業が中止された場合、次のような状態になります。

  • 都市計画の扱い 高度利用地区等の都市計画が残るかどうかは、自治体の判断による
  • 建築制限 都市計画が残れば、制限も残る
  • これまでの費用 準備組合の費用、設計費などは回収できない
  • 建物の老朽化 事業を待って修繕を控えていた建物が、そのまま残る

四つ目が深刻です。「もうすぐ建て替わるから」と修繕を見送った建物が、十年後にさらに老朽化した状態で残る。事業が止まることの実害は、時間が経つほど大きくなります。

実務チェックリスト
  • 事業の段階を確認した準備組合/都市計画決定/組合設立認可/権利変換計画認可/着工
  • 事業計画の変更履歴を確認した規模・時期が当初から変わっていないか
  • 着工予定時期と、過去の延期の有無を確認した
  • 保留床の取得予定者が決まっているか確認した
  • 建設費の水準を最新の公表値で確認したデフレーター・労務単価
  • (物件)計画の成立性について、段階を添えて説明し記録した
  • (物件)「再開発で価値が上がる」と断定していない
  • (権利者)配分床が当初説明から変わっていないか確認を促した
  • (権利者)賦課金の可能性について説明の有無を確認した
  • (権利者)転出した場合の補償額を確認するよう助言した
  • (権利者)完成後の管理費・修繕積立金の見込みを確認した
  • (周辺で計画)再開発の遅延を織り込んだ
  • 事業の成立性を断定せず、施行者への確認を促した

まとめ

  • 再開発は保留床が売れる前提で組まれる。建設費の上昇は、この前提から崩す。
  • 必要販売価格が市場価格を超えると成立しない。規模を縮小しても解決しないことがある。
  • 権利者には、権利床の縮小・負担金・長期化という形で影響が及ぶ。
  • 物件を扱うときは、計画の段階と変更履歴を添えて説明し、記録に残す。
  • 中止の実害は時間とともに大きくなる。修繕を控えた建物が老朽化したまま残る。
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