PPP/PFI事業を成功に導く PMのための戦略的ガイド:リスクと機会のLCC評価から法的プロセスまで
第1章 Public Private Partnership(PPP)とは何か?再開発PMが知るべき基本原則
地方都市の再開発プロジェクトを率いるプロジェクトマネージャー(PM)にとって、複雑化する事業環境下で公共と民間の力をいかに戦略的に融合させるかは、成功の鍵となります。Public Private Partnership(PPP)、すなわち官民連携は、公共サービスや公共インフラの整備、運営、維持管理等に民間のノウハウと資金を導入する手法であり、単なる資金調達の手段ではなく、まちづくりの非連続な価値向上を実現するための根本的な設計思想です。日本では、その代表的スキームとしてPFI(Private Finance Initiative)があり、PFI法(民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律)が制度面のベースとなっています。
PPPの核心は「リスクとリターンの最適分担」にある
PPPの定義の背後にある最も重要な原則は、リスクとリターンの最適分担です。これは、プロジェクトに存在する様々なリスクについて、最も効率的に管理・軽減できる主体にその責任を割り振るという考え方であり、国のPFIガイドラインでも繰り返し示されています。
例えば、施設の建設に関する技術的なリスクやコスト管理は、技術と経験を持つ民間事業者が負うことが原則とされています。一方、都市計画の変更に伴う行政リスクや、サービスの根幹に関わる最低限の公共サービス確保義務は、多くの場合、公共側が担うことが合理的と考えられていますが、案件ごとの契約設計次第でその分担の範囲は調整されます。
この最適分担こそが、民間にLCC(ライフサイクルコスト)削減のインセンティブを与え、効率的かつ効果的な公共サービスの提供(PFI法第1条)を実現する原動力となります。
| 原則 | 意味合い |
| リスクの最適分担 | プロジェクトの不確実性を最も効率的に管理できる主体(官または民)がその責任を持つことで、総コストを抑制する。 |
| 民間ノウハウの活用 | 民間の技術力、コスト意識、スピード感を公共事業に導入し、公共サービスの質の向上と効率化を図る。 |
| LCCの最適化 | 設計・建設・運営・維持管理を一体的に行うことで、長期間にわたる総費用(ライフサイクルコスト)の最適化を目指す。 |
再開発プロジェクトにおけるPPPの戦略的な位置づけ
市街地再開発事業は、公共施設等の整備と民間活力を同時に実現するものであり、PPPの理念が特に求められる分野です。ここでPPP手法を導入する最大の目的は、公共側が何を評価軸とするか、すなわちVFM(Value for Money)の確保にあります。
Value for Money(VFM)の確保とPSC
VFMとは、「支払い(公的負担)に対して、より高い価値のサービスが得られる状態」を指します。これは単に費用が安いか高いかではなく、少ない公的支出の「現在価値」で、最大の公共サービス(アウトカム)の「価値」を得ることを意味します。
その判断のために、公共側は比較対象としてPSC(Public Sector Comparator)を設定します。PSCとは、もしその施設・サービスを従来の公共事業方式で実施したと仮定した場合の、ライフサイクル総コスト(将来分を現在価値に直したもの)を算出したものです。再開発PMのミッションは、民間の知恵を引き出すことで、このPSCよりも低い総コストで、同等以上のサービスを実現し、VFMを確保することにあります。
事業継続性(サステナビリティ)の確保
VFMと並行して重要なのが、整備された施設が長期間にわたり地域に経済的・社会的な利益をもたらし続けるかという事業継続性の視点です。民間事業者が運営・維持管理を担うことで、市場原理に基づく効率的な運営が期待でき、公共側も長期的な財政負担の軽減が見込めます。
まとめ
PPPは、公共と民間の単純な「足し算」ではなく、お互いの強みを引き出し、リスクを最適に分担することで、単独では実現不可能な価値を創造する「乗算」の仕組みです。再開発PMは、このPPPの原則を深く理解し、VFMの確保を目指した戦略的な役割分担の設計こそが、プロジェクトを成功に導くための第一歩となります。
第2章 公共×民間連携事業における主なリスク分類と、PMが直面する特有の課題
Public Private Partnership(PPP)事業の成功は、発生し得るあらゆるリスクを適切に特定し、それを事業主体間で効率的に分担できるかにかかっています。再開発プロジェクトマネージャー(PM)は、通常の民間開発にはない公共性や行政手続きに起因する複雑なリスクを体系的に理解し、どの主体が最も適切に管理できるかを戦略的に判断する必要があります。
PPP事業における三つの主要なリスクカテゴリー
PPP事業のリスクは多岐にわたりますが、PFI・PPPの一般的な整理と整合する、PMが特に注意すべき主要なリスクは、以下の三つに大別できます。
1. 建設・技術リスク(原則として民間が主に負担)
これは、設計・建設段階で発生する工期の遅延、地盤条件の想定外の変化、設計変更による追加コストなど、技術的な不確実性に関するリスクです。民間のノウハウや管理能力を導入するPFIスキームにおいては、これらのリスクに対する責任は原則として民間側が負担する設計になっていることが多いです。
PMへの実務的な警告とリスクヘッジ
再開発PMは、民間側の技術的な責任範囲を明確にしつつも、地中障害や公有地の事前情報不足など、公共側の事前情報の不備に起因するリスクについては、契約で公共側が一部負担するよう調整されることもあり得ます。契約上の責任範囲を曖昧にしないことが、将来の紛争を防ぐ上で極めて重要です。
2. 運営・市場リスク(スキームにより分担の度合いが高い)
施設供用後に発生する、収益性や運営効率に関するリスクです。これには、需要変動リスク(例:施設の利用者数が想定を下回る)、メンテナンスコストの増加リスクなどが含まれます。
PFIには、公共が安定的に対価を支払う「サービス購入型」や、民間が利用料で回収する「独立採算型」など複数の型があり、どの型かによって、この需要変動リスクを誰がどこまで負うかが大きく変動します。あなたのプロジェクトのスキーム設計が、このリスク分担の核心となります。
| リスク要素 | 一般的に民間が負担する範囲 | 公共側が関与・負担を考慮する範囲 |
| 利用者数の変動(収益減) | 事業者のマーケティング失敗による収益減少 | 公共政策や制度変更による予期せぬ需要変動 |
| 施設の維持管理費 | 日常的な修繕や効率的な管理コスト | 老朽化や予期せぬ大規模修繕の費用(契約による) |
3. 政治・行政・法務リスク(公共側の責任が中心)
再開発PMが最も敏感になるべきリスクです。具体的には、都市計画の決定・変更の遅延、関係権利者との合意形成の失敗、許認可の取得遅延など、行政手続きや公共側の決定に起因する遅延リスクです。
PMが直面する特有の課題とヘッジ
これらの行政起因の遅延リスクは、民間事業者がコントロールできない性質のものであるため、多くのPFI契約では、公共側が負担する形に整理されることが一般的です。これは、民間事業者がこれらのリスクを過大に評価し、参加コスト(リスクプレミアム)を上乗せするのを防ぐという実務的な理由に基づいています。再開発PMは、権利変換計画などの行政手続きの透明性と確実性を担保することで、この種の巨大なリスクをヘッジする必要があります。
リスク評価手法:ライフサイクルコスト(LCC)への影響
誰がリスクを負うかという判断は、そのリスクの想定コストがどこに上乗せされるか、ひいてはプロジェクトのライフサイクルコスト(LCC)に直結します。公共側もPSC(Public Sector Comparator)試算でリスクコストを明示し、PFI側もリスクプレミアムを織り込んだLCCを算定し、両者を比較する手順が、VFM評価において示されています。
PMの役割は、リスクをゼロにすることではなく、「このリスクはあなたが管理する方がコスト効率が良い」という論理的な根拠に基づき、官民間で最も公平かつ最適なリスク分担を実現することにあります。
まとめ
PPP事業におけるリスク管理は、単なる防御策ではなく、プロジェクトの経済合理性を高めるための戦略的な意思決定プロセスです。再開発PMは、建設・運営・政治行政という三つのリスクカテゴリーを深く理解し、公共側の責任範囲を明確にした上で、民間ノウハウの活用を最大化するリスク分担のスキームを構築することで、プロジェクトの成功確率を劇的に向上させることができます。
第3章 機会としての「民間ノウハウの活用」プロジェクト成功に直結するバリューアップ戦略
Public Private Partnership(PPP)は、公共事業の財政的な制約を補う「手段」としてだけでなく、再開発プロジェクトマネージャー(PM)にとって、民間事業者の持つ非連続的なノウハウを戦略的に引き出し、プロジェクトの価値(バリュー)を根本から高める「機会」です。
民間ノウハウ活用の本質:ライフサイクル全体での最適化
民間のノウハウ活用は、単に技術的な側面に留まらず、プロジェクトのライフサイクル全体(設計・建設・運営・維持管理)を通して、民間事業者が持つ市場競争の原理に基づく効率性や創意工夫を導入することに本質があります。
PFIでは、設計・建設と、その後の運営・維持管理を一体的に発注するDBOM(Design Build Operate Maintain)方式が採用されることが多く、これにより、長期の維持コストまで見据えた設計がなされるため、結果的にライフサイクルコスト(LCC)の縮減が期待されます。ただし、施設の性質によっては、運営を含めない形態(DBOなど)が採用されるケースもあります。
民間ノウハウがもたらす三つのバリューアップ要素
再開発PMは、民間事業者が持つ以下の三つのノウハウを戦略的に引き出すことで、プロジェクトの成功を確実にすることができます。
1. スピードと効率性(プロジェクトマネジメントノウハウ)
民間事業者は、収益最大化のため、建設技術の導入や契約管理の効率化など、アジャイル(機動的)なプロジェクトマネジメント手法を持っており、公共事業のボトルネックを解消するスピード感をもたらします。
2. 収益性・市場適合性(マーケティング・事業企画ノウハウ)
民間デベロッパーの持つ潜在的なテナントニーズ分析や、地域の消費動向に基づいた最適な施設構成を策定する専門知識は、再開発事業において公共の公益性と民間の収益性を両立させるための価値を決定づけます。
3. 維持管理と省エネ技術(ファシリティマネジメントノウハウ)
長期間の施設の価値維持、エネルギー効率の高い設備導入、予防保全に基づくメンテナンス計画など、長期的な維持管理費の節減という視点を導入し、PPPの真価を発揮させます。
ノウハウを最大限に引き出すためのPMの戦略
民間ノウハウを最大限に引き出すには、契約前の要求水準書(RFP)の作成段階でのPMの戦略が極めて重要になります。国のPFIガイドラインに沿って、成果要求型、アウトカム重視の考え方を適用します。
「手段」ではなく「成果」を問う
要求水準書では、具体的な施設やサービスの提供「方法」(手段)を細かく指定するのではなく、「達成すべき公共サービスの水準や目標(成果)」を明確に示します。例えば、「清掃員を〇名配置」ではなく、「施設の清潔度や利用者のサービス満足度」をKPI(重要業績評価指標)として設定します。これにより、民間事業者は、その成果を達成するための最も革新的で効率的な手段を自由に提案できるようになります。
| 視点 | 旧来の公共事業(手段指定型) | 戦略的なPPP(成果指定型) |
| 設計・建設 | 部材の仕様、詳細な平面図を指示する | 耐用年数、維持管理の容易性という性能を要求する |
| 運営・管理 | 清掃回数、警備員数を指定する | 利用者の満足度、施設の稼働率という成果を要求する |
まとめ
PPP事業における「民間ノウハウの活用」は、再開発のバリューアップ戦略そのものです。プロジェクトマネージャーは、民間のスピード、市場適合性、そしてLCC低減技術を最大限に引き出すために、初期段階でのRFP策定において、「手段」の指定から「成果」の要求へと発想を転換しなければなりません。この戦略的アプローチこそが、複雑な再開発事業を成功に導く鍵となります。
第4章 リスクと機会の戦略的評価手法 ライフサイクルコスト(LCC)とリスク評価
Public Private Partnership(PPP)事業の導入や事業者選定において、最も客観的かつ経済合理的な意思決定を行うために、再開発プロジェクトマネージャー(PM)には、ライフサイクルコスト(LCC)の概念と、それに統合されたリスクの定量的評価が求められます。この評価が、PFI導入の可否を決定づけます。
PPPの客観的な判断軸:Value for Money(VFM)の確保
PFI法に基づく事業の採用を公共側が正当化する中心的な根拠は、VFM(Value for Money)の確保にあります。VFMとは、「支払い(公的負担)に対して、より高い価値のサービスが得られる状態」を指し、従来の公共事業の手法で実施した場合と比較して、より低い総コストで同等以上の公共サービスが提供できることの証明です。
VFMを定量的に評価するために、以下の比較分析が行われます。
PSC(Public Sector Comparator)の設定
PSCとは、「もし、その公共施設・サービスを従来の公共事業方式で実施した場合の想定総費用(将来分を現在価値に直したもの)」を算出したものです。これは、PPP手法を導入しない場合の基準となるベンチマークです。PSCの算出には、建設費、運営維持管理費に加えて、公共側が負担するリスクのコストも加味されます。
PFI事業のLCC(公的負担の現在価値)の算出
PSCと比較されるのは、民間事業者が提案したPPPスキームで実施した場合の総費用です。これをPFI事業のLCCと呼び、PSCと同様にライフサイクル全体の公的支払いの現在価値を計算します。このPFI事業のLCCには、民間側が負うリスクを金銭に換算したリスクプレミアムが上乗せされています。
リスク評価の統合:LCCを歪ませる不確実性の定量化
VFM分析の核心は、将来的なリスクを貨幣価値に変換してLCCに統合する点にあります。このプロセスが、リスクと機会の戦略的評価手法となります。
リスク調整後のLCC比較
PMは、特定したリスクについて、発生する確率と、発生した場合の損害額を見積もります。この「確率 × 損害額」で得られた期待値が、リスクをヘッジするためのコストとしてLCCに組み込まれます。この流れは、国のVFMガイドラインが示す“リスクの定量化とLCC算定に組み込む”手順と一致しています。
| 評価要素 | PSC(官の調整後LCC) | PFI事業のLCC(民間の調整後LCC) | 意味合い |
| 費用総額(A) | 従来の建設・運営費の合算 | 民間の建設・サービス対価の合算 | 公的キャッシュアウト総額の現在価値 |
| リスクコスト(B) | 公共側が負担するリスクの期待値 | 民間側が負担するリスクの期待値(リスクプレミアム) | 将来の不確実性に対する備え |
| 調整後LCC(A+B) | 公共側が全て実施した場合の真の総コスト | 民間ノウハウによるLCC削減後の総コスト | 最終的な比較指標 |
この比較において、調整後LCC (PFI事業) < 調整後LCC (PSC)となった場合に、「VFMが確保されている」と判断され、PFI事業の導入が決定されます。
まとめ
PPP事業における戦略的評価は、感情論ではなく、リスク調整後のライフサイクルコスト(LCC)に基づくVFMの確保という客観的な経済合理性に基づきます。再開発PMは、PSCとPFI事業のLCCを緻密に算出し、特に、将来的な不確実性(リスク)を貨幣価値に変換して分析に組み込むことで、民間連携事業の真の価値を見極めることができます。
第5章 法的枠組みと実務上の注意点 PFI法に基づく事業プロセスの理解
Public Private Partnership(PPP)事業の成功は、その根幹となるPFI法(民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律)に基づく厳格な法的プロセスを正確に踏むことができるかに大きく依存します。再開発プロジェクトマネージャー(PM)は、この法的手続きを、透明性と公平性を担保し、リスクを民間へ適切に転嫁するための土台として理解する必要があります。
PFI法が定める基本的な事業プロセスの流れ
PFI法は、民間の資金・経営能力・技術的能力を活用し、公共施設等の整備や運営を効率的・効果的に進めることを目的としており(PFI法第1条)、その手続きは体系的です。PMが主導すべき主要なステップは以下の通りです。
1. PFI導入可能性の検討(VFM分析の実施)
プロジェクト初期に、PFIを導入することがValue for Money(VFM)を確保できるか、つまり公共事業として最適かを検討します。この段階で、従来の公共事業(PSC)と比較するための緻密なリスク分析を含めたLCC試算が行われます。
2. 実施方針の策定・公表
PFI導入が適切と判断された場合、公共側は「実施方針」を策定し、公表します(PFI法第5条)。この方針には、事業の概要、事業者の要件、スケジュールなどが盛り込まれ、市場への公式なメッセージとなります。
3. 事業者選定と特定事業の選定
要求水準書(RFP)に基づき、民間からの提案を評価し、最も優れた提案を行った事業者を「特定事業の選定」として決定します(PFI法第7条)。この選定プロセスにおいては、多くの自治体で、外部有識者等による評価委員会を設置し、透明性を確保する運用が一般的になっています。
4. 事業契約の締結
特定された事業者と、サービスの質、対価の支払い方法、そして最も重要なリスク分担について詳細に定めた事業契約を締結します。この契約こそが、長期にわたるリスクマネジメントの法的基盤となります。
| ステップ | 根拠となる法律 | PMの実務上の注意点 |
| 実施方針の策定 | PFI法 第5条 | 早期に市場の意見聴取(サウンディング)を行い、実現可能性を高めること。 |
| 特定事業の選定 | PFI法 第7条 | 評価基準を客観的・定量的に設定し、選定プロセスの透明性を確保すること。 |
| 事業契約の締結 | (PFI法の規定に沿った)民法、地方自治法 | リスク分担の条項を曖昧にせず、全ての潜在リスクの帰属を明確にすること。 |
再開発事業特有の実務上の注意点:権利調整との連動
市街地再開発事業では、PFI法の手続きと、権利変換計画に関する合意形成プロセスが連動します。再開発PMにとって、この連動性がPMの課題となります。
合意形成の遅れがPFIコストを増大させる
地権者やテナントとの複雑な合意形成の遅延は、PFI事業者の建設開始時期を遅らせ、民間側の資金調達コストや機会損失を押し上げます。制度的にも、行政起因の遅延リスクはPFI契約上の交渉ポイントになると整理されており、行政手続きや権利調整の遅延による損害を公共側が負担するリスクとして条項化することが一般的です。
したがって、PMは、行政手続きの確実な履行と、関係者との円滑な合意形成を主導し、PFIコストを低減するための最優先事項として位置づける必要があります。
まとめ
PFI法に基づく事業プロセスは、再開発プロジェクトに透明性と経済合理性をもたらすための設計図です。PMは、VFM分析から事業契約締結に至る一連の手続きを厳格に遵守するとともに、再開発事業特有の権利調整・合意形成リスクを極小化し、民間事業者が安心して投資できる環境を整えることが、法的枠組みを実務で活かすための鍵となります。
第6章 リスク低減と価値最大化を実現した成功事例の分析 国内外の最新事例から学ぶ
Public Private Partnership(PPP)事業の成功は、理論的な理解だけでなく、実際にリスクを乗り越え、非連続な価値を生み出した成功事例から学ぶ実践的な教訓によって裏打ちされます。再開発プロジェクトマネージャー(PM)は、国内外の事例を分析し、自らのプロジェクトが抱える課題解決につながる戦略的な知恵を抽出する必要があります。
国内事例:リスクを先取りし、LCCを劇的に低減した複合開発の教訓
地方都市の再開発において、公共施設と商業施設が一体となった複合開発のPFI事例は、リスク管理とVFM(Value for Money)確保の好例です。ここでの教訓は、設計段階での維持管理ノウハウの統合にあります。
教訓の核心:長期運営を見据えた設計の徹底
多くの成功事例では、設計・建設(D&B)と、その後の運営・維持管理(O&M)を一体で担うDBOM(Design Build Operate Maintain)方式が採用されています。これにより、民間事業者は、長期の維持管理コストを見据えた設計を行うインセンティブを強く持ちます。
例えば、一部の地方都市の複合公共施設PFIでは、高耐久性部材の採用などにより、PSC(従来方式)と比較して、ライフサイクル全体の公的負担を2桁%単位で圧縮できたと報告されているケースもあります。これは、民間ノウハウの早期活用が、定量的なVFMの確保に直結した典型例です。
| リスク課題 | 成功事例での対応策 | 教訓 |
| 将来の修繕費増大リスク | 運営期間を見越した高耐久性部材の設計時採用 | 初期投資とLCCのバランスを民間事業者に委ねる |
| サービスの質の低下リスク | 利用者満足度をKPIとする厳格なペナルティ規定(減額) | 契約により民間ノウハウによるサービス向上を義務付ける |
海外事例:官民の「得意分野」を明確に分離したリスク分担
欧米のPPP先進国では、プロジェクトの初期段階から、官民それぞれの得意分野に基づくリスク分担を徹底することで、巨大インフラプロジェクトを成功させています。
教訓の核心:需要変動リスクの戦略的な分担
特に交通インフラや大規模都市開発の海外事例では、需要変動リスクをいかに扱うかが重要です。利用者数の予測が困難な場合、一部の国では、公共側が交通需要の最低保証(ミニマム・ギャランティ)を行うなど、需要リスクを一部吸収するスキームが採用されることがあります。
この手法は、公共側が市場の不確実性を引き受けることで、民間事業者が低金利での資金調達を可能にし、結果的にプロジェクト全体のLCCを下げることができます。これは、リスクの最適分担が、機会としての価値(低金利での資金調達)を生んだ好例です。
再開発PMが抽出するべき「普遍的な成功要素」
国内外の成功事例を横断的に分析すると、再開発PMが自らのプロジェクトに応用すべき普遍的な教訓が浮かび上がります。
1. 徹底した「アウトカム(成果)」志向
成功しているPPPプロジェクトは、民間事業者に「達成すべき成果」を要求することで、民間の創意工夫とイノベーションを最大限に引き出しています。
2. 合意形成と法務リスクの「公共側責任」の明確化
再開発特有の地権者との合意形成の遅れや行政手続きの不備といった法務・行政リスクは、成功事例においても公共側の責任範囲として明確に契約されています。PMの重要な役割は、このリスクを引き受けた上で、行政手続きの遅延を回避する確実な実行体制を構築することにあります。
まとめ
国内外のPPP成功事例は、リスク低減と価値最大化が相反するものではなく、むしろリスクの戦略的な分担によって両立できることを証明しています。再開発PMは、民間ノウハウのLCCへの統合、需要リスクの適切な分担、そして契約における公共側の責任遂行という成功の普遍的な要素を自らのプロジェクトに応用し、VFMを最大化する戦略を実行すべきです。
第7章 まとめ
戦略的PMに求められる「乗算」の視点
地方都市の市街地再開発プロジェクトを成功に導く鍵は、Public Private Partnership(PPP)の理念に基づく非連続的な価値創造、すなわち「乗算」の視点をプロジェクト全体に持ち込むことです。
再開発プロジェクトマネージャー(PM)の役割は、公共サービスの質的向上と民間収益性の確保という二律背反的な目標を両立させる戦略的なリスクマネージャーへと進化しました。
プロジェクト成功に直結する三大実践原則
本記事で分析した理論と成功事例に基づき、あなたがプロジェクトを次の段階に進めるために実践すべき、三大原則を総括します。
原則1:リスクの「最適分担」とVFMの定量化
PPPの導入を正当化する中心的な根拠は、VFM(Value for Money)の確保にあります。VFMは、リスク調整後のライフサイクルコスト(LCC)に基づく定量的な判断です。PMは、各リスクを緻密に分類し、最も効率的に管理・軽減できる主体に責任を割り振る契約スキームを設計しなければなりません。特に再開発における権利変換手続きの遅延リスクは、公共側が負い、確実な実行体制によってヘッジすべき最重要項目です。
原則2:要求水準書(RFP)によるノウハウの最大抽出
民間ノウハウの活用は、施設の長期的な収益性や持続可能性を高める「機会」です。この機会を最大化するため、PMはRFPにおいて「手段」の指定から「達成すべき成果(アウトカム)」の要求へと転換する必要があります。民間はLCC全体を見通した自由な設計・運営の提案を促され、イノベーションとバリューアップが実現します。
原則3:PFI法に基づくプロセスの厳格な遵守と透明性の確保
PMは、PFI法に基づく実施方針の策定から特定事業の選定に至る全プロセスにおいて、高い透明性と公平性を確保しなければなりません。そして、事業契約では、民間事業者が負うべきサービス水準の未達が発生した場合のペナルティ(減額規定)を明確に設定することが通常は推奨されています。この明確なリスクの帰属と評価・減額スキームが、長期にわたるPPP事業の安定的な運営を可能にします。
まとめ
PPP/PFI事業は、複雑な法手続きや権利調整を伴いますが、その先に待つのは、限られた財源の中で地域経済の活性化と質の高い公共サービスを実現するという大きな成功です。戦略的なPMとして、リスクを恐れず、それを最適に分担し、民間の英知を最大限に引き出すプロジェクトマネジメントを実践してください。あなたの挑戦が、地方都市の未来を切り拓きます。
