CHIOU / 株式会社地央

前例のない事業を、行政と進める ── 誰に、どの順で持って行くか

この記事の要点
  • 前例のない事業で行政が恐れるのは、後で違法状態になること
  • 順序は担当課 → 関係部局 → 決裁。飛ばすと、後で戻される
  • 持って行くのは三点。計画上の位置づけ・数値目標・代替措置
  • 規制の特例は要望ではなく申請。通るかどうかは個別に審査される

新しい技術を使った事業では、既存の法律がその事態を想定していないことがあります。

自動運転、ドローン、データの横断的な利用。違法とまでは言えないが、適法だとも言い切れない。この状態で行政に相談すると、多くの場合そこで止まります。

この記事では、行政の側で何が起きているのかと、協議をどう組み立てるかを扱います。スマートシティ関連の事業を例にしていますが、考え方は他の前例のない事業にも当てはまります。

「前例がない」とき、行政の側で起きていること

担当者が恐れているのは、後で違法状態になること

行政の担当者が慎重になるのは、前例がないからではありません。

その判断が後から問題になったとき、根拠を説明できないことを恐れています。

  • 議会で質問されたとき、何を根拠に認めたのか答えられるか
  • 住民から異議が出たとき、手続きに瑕疵がなかったと言えるか
  • 監査で指摘されたとき、判断の経緯が記録に残っているか
  • 数年後に担当者が替わったとき、引き継げる形になっているか

だから、「大丈夫です」という説明では動きません。「この条文のこの解釈で、この手続きを経れば適法です」という形が要ります。

「持ち帰って検討します」の意味

言われたこと 起きていること
持ち帰って検討します 上司または他部局に確認する必要がある
前例がないので 判断の根拠を用意できていない
関係部局と協議します まだ庁内の合意ができていない
国に照会します 自治体では判断できない論点がある

いずれも拒否ではありません。ただ、こちらから何も出さなければ、そのまま時間が過ぎます。

誰に、どの順で持って行くか

相手 持って行くもの
主たる担当課 事業の概要と、想定される論点の一覧
関係する各部局 その部局に関わる部分に絞った資料
企画・法務の部門 法的な整理と、代替措置の案
決裁権者 整理済みの案件として
順序を飛ばすと、後で戻される

決裁権者に先に持ち込むと、「担当課はどう言っているか」と差し戻されます。

逆に、担当課だけで進めて他部局に伝わっていないと、後から別の部局の所管事項が出てきて、そこからやり直しになります。

時間がかかるように見えても、下から順に積み上げるほうが早く進みます。

関係部局を洗い出す

事業の内容によって、関わる部局は変わります。最初に洗い出しておいてください。

  • 都市計画 計画上の位置づけ、用途地域、区域区分
  • 建築指導 建築物・工作物の扱い
  • 道路 占用、通行、交通管理者(警察)との関係
  • 情報政策 データの取扱い、システムの要件
  • 法務 条例との関係、契約・覚書
  • 財政 予算措置、補助金
  • 環境・防災 該当する場合

「この部局は関係ないだろう」という判断は、こちらではしないでください。担当課に「どこと協議が要りますか」と聞くのが確実です。

持って行く三点

一 計画上の位置づけ

行政は、自分たちの計画に位置づけられるかどうかで判断します。

計画 確認すること
総合計画 市町村の最上位計画。どの施策に当たるか
都市計画マスタープラン まちづくりの方向と整合するか
立地適正化計画 誘導区域の内か外か
個別の施策計画 交通、環境、防災、情報化など

これらは公表されています。相談の前に読み、どの計画のどの記述に対応するかを示してください。

二 数値目標

行政の目標に、こちらの数字をつなぐ

行政職員は、年度ごとの施策目標に対して責任を負っています。

事業の効果を、その目標に対応する形で示すと、庁内で説明しやすくなります。

行政の目標 示す数字の例
温室効果ガスの削減 削減量(トン/年)
公共交通の維持 利用者数、運行の効率
災害時の情報伝達 到達率、所要時間
中心部への機能集約 誘導区域内の人口・施設数

「この事業により、○○計画の目標値に対して、これだけ寄与します」という形にできると、担当者が上に上げやすくなります。

数字は、達成できなかった場合にどう説明するかまで考えて出してください。過大な数字は、後で自分を縛ります。

三 代替措置

規制が本来守ろうとしているもの(安全、公平、プライバシー)を、別の方法で確保できることを示します。

規制の目的 代替措置の例
安全の確保 遠隔監視、区域と時間の限定、段階的な実施
公平性 利用できない人への代替手段の用意
プライバシー 同意の取得、利用履歴の開示、データの範囲の限定
事故時の責任 保険、責任分担の明確化

「規制を外してほしい」ではなく、「規制の目的はこう担保します」という形にしてください。

規制のギャップをどう扱うか

既存の法令が想定していない事業では、次の制度を検討することになります。

制度 性格
国家戦略特別区域 区域を定め、複数分野の規制の特例を一体的に扱う
規制のサンドボックス 期間と参加者を限定して実証を行う
グレーゾーン解消制度 その事業が規制の対象かどうかを、事前に照会する
要望ではなく、申請

これらは、行政に「規制を緩めてください」と要望する仕組みではありません。

制度に基づいて、国に対して申請する手続きです。自治体は共同で提案する立場になります。

したがって、通るかどうかは個別に審査されます。「特区だから何でもできる」ということはありません。安全や公平性が代替措置で確保されているかが問われます。

また、認定までに相応の期間がかかります。事業のスケジュールに、この期間を最初から織り込んでください。

まずグレーゾーン解消制度を検討する

その事業が、そもそも規制の対象なのかどうかが曖昧な場合があります。

この制度では、事業者が具体的な事業計画を示して照会し、所管省庁から回答を得られます。「対象外」という回答が得られれば、特例の申請は不要になります。

特区の検討より先に、これを確かめてください。

データを扱う事業で問われること

個人に関わるデータを扱う場合、法令の遵守と、住民の受け止めの両方が問題になります。

法令上の整理

自治体への適用は2023年4月から

個人情報保護法の改正により、それまで各自治体の条例に委ねられていた部分が、法律に一元化されました。

施行の時期は主体によって異なり、地方公共団体等については2023年(令和5年)4月1日です。国の行政機関等は、その前年から適用されています。

この一元化により、官民でデータを共有する事業は進めやすくなりました。ただし、自治体独自の運用や、個別の条例・要綱が残っている場合があります。その自治体の運用を確認してください。

確認すべきこと

  • 利用目的 何のために使うかを具体的に定め、公表しているか
  • 目的外利用 定めた目的の範囲を超えていないか
  • 安全管理 組織的・人的・物理的・技術的な措置を講じているか
  • 委託先の監督 事業者に委託する場合の管理体制
  • 本人の関与 同意の取得、利用の停止を求める手段

条文の解釈や、具体的な適否の判断は、弁護士または個人情報保護委員会の資料で確認してください。

住民の受け止め

法令を守っていても、進まないことがある

法的に問題がなくても、「見られている」という感覚が残れば、事業は進みません。

説明の際に効くのは、次の三つです。

  • 何に使うかを、生活の言葉で示す 「移動のデータは、バスの経路の見直しにだけ使います」
  • やめられることを示す 利用の停止を求める方法を明示する
  • 誰が見たか分かる形にする 利用の履歴を確認できる仕組み

長い利用規約は読まれません。要点を短く示し、詳細は別に置く形が現実的です。

覚書で決めておくこと

行政と事業者が共同で進める場合、覚書や協定で責任の所在を定めます。

項目 決めること
データの帰属 誰のものか。事業終了後どうするか
利用の範囲 目的、期間、第三者への提供の可否
漏えい時の対応 誰が、いつまでに、何をするか
責任の分担 損害が生じた場合の負担
事業終了時 データの返還または廃棄、システムの扱い
運営の継続 事業者が撤退した場合、誰が引き継ぐか
終わり方を決めていない事業は、始められない

行政が最も気にするのは、「その事業者がいなくなったらどうなるのか」です。

初期の整備費だけでなく、その後の運営費を誰が負担するのか。補助金が終わった後も続けられるのか。

この点に答えを用意していない提案は、担当者が庁内で説明できません。始め方より、続け方と終わり方を先に示してください。

協議の記録を残す

前例のない事業ほど、後で「そんな話は聞いていない」が起きます。

残すもの 内容
日時と出席者 誰がその場にいたか
確認した事項 合意した点と、未確定の点を分ける
次の宿題 どちらが、いつまでに
口頭の見解 「現時点での担当者の見解」として記録する

協議の後、こちらから議事メモを送り、相違がないか確認してください。これは相手を縛るためではなく、認識のずれを早く見つけるためです。

担当者は数年で異動します。記録がなければ、次の担当者とは一から始めることになります。

時間の見積り

段階 目安
論点の洗い出しと事前相談 数週間〜数か月
関係部局との協議 部局の数だけ回数が要る
グレーゾーン解消制度の照会 制度上の回答期限がある
特区・特例の申請と認定 相応の期間がかかる
予算措置 年度の予算編成の時期に左右される
予算の時期を外さない

自治体の予算は年度単位です。翌年度の予算に載せるには、前年の秋までに庁内で固まっている必要があります。

年明けに相談を始めても、その年度には動きません。予算を伴う事業は、この時期から逆算してください。

協議を組み立てるチェックリスト
  • 関係する部局をすべて洗い出した担当課に確認する
  • 担当課 → 関係部局 → 決裁の順で進めた
  • 行政の計画を読み、どの記述に対応するか示した
  • 行政の目標に対応する数値を用意した
  • その数値を達成できなかった場合の説明も考えた
  • 規制の目的を、代替措置でどう担保するか示した
  • グレーゾーン解消制度で、規制の対象かどうか確かめた
  • 特区・特例が「申請」であることを踏まえた通るとは限らない
  • 認定までの期間をスケジュールに織り込んだ
  • (データを扱う)個人情報保護法の適用関係を確認した自治体は2023年4月から
  • (データを扱う)その自治体独自の条例・要綱を確認した
  • (データを扱う)住民への説明を生活の言葉で用意した
  • 覚書で責任の所在を定めた
  • 続け方と終わり方を示した事業者が撤退した場合を含む
  • 協議の記録を残し、議事メモで相違を確認した
  • 予算編成の時期から逆算した

まとめ

  • 行政が恐れているのは前例がないことではなく、後で根拠を説明できないこと。
  • 順序は担当課 → 関係部局 → 決裁。飛ばすと戻される。
  • 持って行くのは、計画上の位置づけ・数値目標・代替措置の三点。
  • 規制の特例は要望ではなく申請。個別に審査され、期間もかかる。
  • 始め方より、続け方と終わり方を先に示す。
この内容を、研修・ワークショップとして。

行政の側で36年8ヶ月、説明会に立ち、地権者と交渉し、部局間を調整してきた立場からお話ししています。実際の案件を素材にした進行の設計にも入ります。
構成のご提案とお見積りまで、費用はかかりません。

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