不動産ファンドの売却 ── 準備は、取得のときに始まっている
- 売却の準備は取得のときに始まっている。境界と越境は、出口で必ず問われる
- 資金は借入の返済が最優先。契約で定めた順序(ウォーターフォール)に従う
- レンダーの同意がなければ売れない。期限前弁済の違約金も確認する
- 会計上の損益と手元に残る現金は一致しない
ファンドの最終段階が、保有する不動産の売却です。ここで得られる金額が、投資の成果をほぼ決めます。
ただ、売却はその時点で始まる作業ではありません。取得のときに残した課題が、そのまま出口の障害になります。
この記事では、売却の準備、方法、そして資金の流れを整理します。
売却の準備は、取得のときに始まっている
取得時のデューデリジェンスで指摘された事項は、売却時に買主側から同じように指摘されます。
| 取得時に残した課題 | 出口で起きること |
|---|---|
| 境界が未確定 | 確定測量を求められる。数か月と費用がかかる |
| 越境がある | 覚書の取得を求められる。相手方が応じなければ進まない |
| 私道の掘削承諾がない | 買主の融資に影響する |
| 検査済証がない | 適法性を証明できない |
| 修繕を先送りした | 価格の減額要因になる |
ファンドの期間が決まっている場合、これらの処理が間に合わないことがあります。
取得時に「価格に織り込んで、そのまま持つ」と判断した事項は、売却の一年前には着手してください。
売却の一年前から
- 境界の確定状況を確認し、必要なら測量に着手する
- 越境の処理 覚書の取得または是正
- 賃貸借契約の原本を確認し、一覧を整理する
- 修繕の履歴と、直近の見積りをまとめる
- 公租公課、保険の状況を整理する
- 建物状況調査を実施しておくか検討する
資料が整っている物件は、買主の調査が早く終わります。それが交渉の余地にもつながります。
売却の方法
| 入札 | 相対 | |
|---|---|---|
| 進め方 | 複数の候補者に条件を提示させる | 特定の相手と交渉する |
| 価格 | 競争により高くなりうる | 競争は生じない |
| 期間 | 期限を切って進められる | 交渉次第で長引く |
| 条件 | 画一的になりやすい | 柔軟に調整できる |
| 情報 | 広く開示することになる | 限定できる |
入札の進め方
- 一次入札 資料を開示し、価格と条件の提示を受ける
- 候補者の絞り込み 価格だけでなく、資金の確実性、実行までの期間も見る
- 二次入札 詳細な資料を開示し、調査を経て最終条件の提示を受ける
- 優先交渉権者の選定
- 契約交渉、クロージング
入札では、価格のほかに次の点を確認します。
- 資金の裏付け 融資の内諾を得ているか
- 実行までの期間 いつ決済できるか
- 前提条件の数 条件が多いほど、不成立の可能性が上がる
- 表明保証の要求水準
- 過去の取引実績
高い価格を提示しても、融資が付かずに流れれば、時間を失うだけです。ファンドの期限が迫っている場合、確実性の比重が上がります。
処分の形態
| 形態 | 内容 | 主な理由 |
|---|---|---|
| 受益権の売買 | 信託受益権を譲渡する | 流通税の負担が軽い。買主も信託のまま保有 |
| 現物の売買 | 信託を解除し、不動産として売る | 買主が信託を望まない場合 |
| 受益権売買+信託解除 | 受益権を譲渡した後、買主が信託を解除する | 段階的に移転し、責任の所在を整理する |
受益権売買で必要になること
- 受託者(信託銀行)の承諾 譲渡には承諾が必要とされるのが通常
- 信託契約の内容の確認と、必要なら変更
- 質権が設定されている場合、その解除
売買契約における売主の責任について、「瑕疵担保責任」という表現は現在の民法の用語ではありません。
2020年4月の民法改正により、契約不適合責任に整理されました。買主は、追完請求、代金減額請求、損害賠償、解除を求めることができます。
契約書や資料に旧法の用語が残っている場合、条項の内容も改正前の理解のままになっていないか確認してください。
レンダーとの調整
物件には担保が設定されています。売却するには、担保を解除する必要があります。
レンダーは、借入が全額返済されることを条件に、担保の解除に応じます。この手続きは、クロージングと同時に行われます。
あわせて確認すべき事項です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 期限前弁済の可否 | ローン契約で制限されていないか |
| 違約金 | 期限前弁済に伴う手数料。金額が大きいことがある |
| 事前通知 | 何日前までに通知が必要か |
| レンダーの同意事項 | 売却先、価格について同意を要する場合がある |
| (メザニンあり)債権者間協定 | 返済の順序、同意の要否 |
違約金を織り込まずに売却価格を検討すると、手取りが想定を下回ります。
借換えという選択肢
売却の時期に市況が悪い場合、借換えによって保有期間を延ばす選択肢があります。
ただし、ファンドの期間、出資者との合意、借換えが可能な条件かどうかが前提になります。期間の延長には、出資者の同意が必要となるのが通常です。
資金の順序
売却代金は、契約で定められた順序(ウォーターフォール)に従って充当されます。
| 順序 | 内容 |
|---|---|
| 一 | 売却に直接要する費用仲介手数料、印紙税、登記費用 |
| 二 | シニアローンの元本・利息・違約金 |
| 三 | メザニンローンの元本・利息 |
| 四 | 信託報酬、事務委託報酬などの未払分 |
| 五 | AM報酬(売却報酬を含む) |
| 六 | 公租公課の精算、留保金の設定 |
| 七 | 出資者への分配 |
出資者は最後です。上位で支出が想定を超えれば、その分だけ分配が減ります。
留保金
クロージング後に生じうる支出に備えて、一定額を留保することがあります。
- 表明保証違反による補償の可能性
- 公租公課の確定額との差額
- 清算に要する費用
留保金が解放されるまで、その分の分配は行われません。いつ、どういう条件で解放されるかを確認してください。
優先劣後がある場合
出資に優先劣後の構造がある場合、優先出資者への分配が、劣後出資者に先行します。
売却代金が想定を下回れば、劣後出資から先に毀損します。この順序は契約で定められています。
損益とキャッシュフローのずれ
会計上の損益と、手元に残る現金は一致しません。
| 計算 | |
|---|---|
| 会計上の損益 | 売却額 −簿価− 売却費用 |
| 手元の現金 | 売却額 − 売却費用 − 借入返済 − 各種報酬 |
簿価が下がっている
建物は減価償却により、帳簿上の価値が年々下がります。
したがって、取得価格と同じ額で売却しても、会計上は利益が出ます。その利益に対して課税が生じます。
| 内容 | |
|---|---|
| 簿価の計算 | 前期末の簿価 − 当期の減価償却費 + 当期の資本的支出 |
| 修繕費と資本的支出 | 資本的支出は簿価に加算され、修繕費は経費になる |
税務の判断は税理士にご確認ください。この記事は税務の助言を目的としたものではありません。
売却前に整えること
物件について
- 境界の確定 地積測量図、筆界確認書
- 越境の処理 覚書または是正
- 私道の通行・掘削の承諾
- 建築確認・検査済証の所在
- 修繕の履歴と、今後の見込み
- 設備の保守記録
賃貸借について
| 確認するもの | 理由 |
|---|---|
| 契約書の原本 | 全室分そろっているか |
| レントロール | 賃料、契約期間、更新の状況 |
| 敷金の額と、承継の方法 | 買主に承継される。金額を確定させる |
| 滞納の有無 | 開示事項になる |
| 解約の予告 | クロージング後に退去が予定されていないか |
| 特約の有無 | 賃料の減額特約、フリーレント、原状回復の負担 |
賃借人への対応
所有者が変わる場合、賃貸人の地位が移転します。
賃借人への通知、振込先の変更、敷金の承継について、手順を決めておいてください。受益権の譲渡であれば、受託者名義は変わらないため、通知の要否が異なります。
期間との関係
ファンドには期間が定められています。その期限までに売却を完了する必要があります。
期限が近づくほど、買主側はそれを認識します。時間的な余裕がないことは、価格交渉に影響します。
売却の検討は、期限から逆算して始めてください。
- 境界・越境の処理 数か月から一年
- 資料の整備 数週間から数か月
- 入札の実施 数か月
- 契約交渉とクロージング 一か月から数か月
これらを積み上げると、一年から一年半の準備期間が必要になります。
- ファンドの期限から逆算して着手した
- 境界の確定状況を確認し、必要なら測量に着手した
- 越境の覚書を取得した、または是正した
- 私道の通行・掘削の承諾を確認した
- 検査済証その他の書類の所在を確認した
- 賃貸借契約の原本を全室分そろえた
- 敷金の額を確定し、承継の方法を決めた
- 滞納・解約予告の状況を整理した
- 修繕の履歴と今後の見込みをまとめた
- 売却の方法を決めた入札か、相対か
- 処分の形態を決めた受益権売買・現物・受益権売買+信託解除
- (受益権売買)受託者の承諾を確認した
- レンダーの同意と、期限前弁済の違約金を確認した
- (メザニンあり)債権者間協定の返済順序を確認した
- ウォーターフォールに沿って、分配額を試算した
- 留保金の額と、解放の条件を確認した
- 会計上の損益と手元の現金を分けて計算した
- 税務の扱いを税理士に確認した
- 買主候補の資金の裏付けと実行時期を確認した
- 「瑕疵担保責任」など旧法の用語が残っていないか確認した
まとめ
- 売却の準備は取得のときに始まっている。取得時に残した課題が、出口の障害になる。
- 境界・越境の処理には数か月から一年かかる。期限から逆算して着手する。
- 資金は契約で定めた順序に従う。出資者への分配は最後。
- レンダーの同意がなければ売れない。期限前弁済の違約金も手取りに影響する。
- 減価償却で簿価が下がるため、取得価格と同額で売っても会計上は利益が出る。
金融機関、専門職団体の講習会としてお引き受けしています。出口で問われる境界・越境の処理を、登記・測量の実務から解説します。
構成のご提案とお見積りまで、費用はかかりません。