トラブルはどこで起きるか ── 調査で防げるもの

この記事の要点
  • トラブルは引渡し後に出てくる。そのとき勝負を分けるのは、契約前に残した記録
  • 初動でやることは決まっている。事実の確認 → 記録 → 報告 → 専門家。順番を飛ばさない
  • 謝ることと、責任を認めることは別。混同すると、後の交渉が動かせなくなる
  • 業者は三つの責任を同時に問われる。宅建業法上・民事上・社内。それぞれ相手も時間軸も違う

引渡しから半年後、買主から連絡が入る。「雨漏りがする」「隣の人から越境だと言われた」「聞いていた話と違う」。

ここからの動き方で、結果が大きく変わります。最初の一時間の対応が、その後の数か月を決めることがあります。

この記事では、トラブルがいつどこで起きるのか、起きたときに何をどの順で行うのか、そして業者が問われる責任の種類を扱います。調査の手順そのものは、第1回から第9回で扱いました。

トラブルは、いつ起きるか

時期 起きやすいこと まだ打てる手
契約前 調査結果の食い違い、条件の不一致 条件の見直し、契約の見送り。選択肢が最も多い
契約後・引渡し前 融資否認、滅失・損傷、隠れていた事実の発覚 特約に基づく解除、条件の再交渉
引渡し後 契約不適合、越境の発覚、近隣とのトラブル 選択肢が最も少ない。責任の所在をめぐる話になる
引渡し後に効くのは、契約前に残した記録だけ

引渡し後のトラブルでは、「説明したかどうか」が争点になります。そのとき参照されるのは、重要事項説明書、物件状況等報告書、調査記録、やり取りのメール。

記憶では戦えません。記録がなければ、説明していても「していない」ことになります。調査と説明の段階で記録を残すのは、この場面に備えるためです。

初動の五手順

一 まず聞く。反論しない

連絡を受けたら、相手が何を問題としているかを最後まで聞きます。途中で「それは説明しました」と言いたくなりますが、抑えてください。

この段階で言い返すと、相手は「取り合ってもらえない」と受け取り、話が感情的になります。事実関係が確認できていない段階での反論は、根拠がないまま争いを作るだけです。

二 事実を確認する

いつ、どこで、何が起きているのか。可能であれば現地を見ます。写真を撮り、日時を記録します。

同時に、社内の記録を確認します。重要事項説明書に何を書いたか、告知書に何が書かれていたか、調査記録に何が残っているか。相手の主張と、こちらの記録を突き合わせます。

三 記録する

  • 連絡を受けた日時、相手、連絡手段
  • 相手が述べた内容(要約ではなく、できるだけそのまま)
  • こちらが答えた内容
  • 現地確認の日時と、確認した事実

この記録は、後から作れません。その日のうちに書いてください。

四 社内に報告する

担当者が一人で抱えると、対応が遅れ、判断も偏ります。金額の大小にかかわらず、上長へ報告してください。

報告する内容は、事実と評価を分けます。「雨漏りがあると言われている」は事実、「こちらに落ち度はない」は評価です。

五 専門家につなぐ判断をする

次のいずれかに当たれば、早い段階で弁護士に相談してください。

  • 損害賠償の請求を受けている
  • 契約の解除を求められている
  • 相手方に代理人(弁護士)が付いた
  • 訴訟をほのめかされている

相談が早いほど、選べる手が多くなります。こじれてからでは、対応の幅が狭まります。

謝ることと、責任を認めること

二つを分けて話す

「ご不便をおかけして申し訳ありません」は、状況への遺憾の表明です。相手の感情を落ち着かせる効果があり、言うべき場面があります。

「こちらの責任です」「弁償します」は、責任と債務の承認です。事実関係と法的評価が固まる前に言ってはいけません。

実務では、この二つが混同されがちです。前者を言うつもりで後者を言ってしまい、後から「認めたではないか」と言われる。謝罪はしても、責任の所在と負担については「確認のうえ、あらためてご連絡します」と留保してください。

業者が問われる三つの責任

種類 相手 内容
宅建業法上の責任 免許権者(知事・国土交通大臣) 指示処分、業務停止、免許取消し。第47条の不告知など
民事上の責任 取引の相手方 損害賠償、契約の解除。説明義務違反、調査義務違反
社内・業界の責任 会社、業界団体 社内処分、団体からの指導

この三つは同時並行で進みます。民事で和解が成立しても、行政処分が別途行われることがあります。「相手と話がついたから終わり」ではありません。

調査義務違反という論点

「知らなかった」で済むかどうかは、調査すべきだったかどうかで決まります。専門家である宅建業者には、通常の注意をもってすれば知り得た事実について、調査する義務があるとされています。

したがって、調査記録は「調べた」ことの証明になります。調べたが分からなかった、という記録があるかどうかで、結論が変わることがあります。

備えておくもの

宅建業者賠償責任保険

説明義務違反や調査の不備によって損害賠償責任を負った場合に備える保険です。業界団体を通じて加入できるものがあります。加入の有無と、補償の範囲・免責金額を確認しておいてください。

営業保証金・弁済業務保証金

宅建業者との取引によって生じた債権について、相手方は営業保証金または弁済業務保証金から弁済を受けることができます。保証協会に加入している場合は、弁済業務保証金分担金を納付することで営業保証金の供託が免除される仕組みです。

これは相手方を保護する制度であり、業者の責任がなくなるわけではありません。弁済が行われた場合、業者は保証協会に還付充当金を納付する義務を負います。

記録の保存期間

取引の記録は、長期にわたって保存してください。不動産の紛争は数年後に出てくることがあります。

  • 重要事項説明書、契約書、物件状況等報告書、設備表
  • 調査記録、取得した公的資料(取得日を記入)
  • やり取りのメール、送付の記録
  • 説明の日時・出席者・質疑の記録

予防に効く三つの習慣

一 「分からなかった」を記録する

調べて分からなかったことを、空欄にせず記録します。「確認できず」は、調べた証拠になります。空欄は、調べていないのと同じに見えます。

二 伝えたことを、伝えた形で残す

口頭で説明した内容は、その日のうちにメールで要約を送ります。「先ほどお伝えした件、念のため文面でも」という一通が、後から効きます。

三 断定しない

可否の判断、法的な評価、専門家の領域。これらを断定して伝えると、覆ったときの責任がこちらに来ます。「〜との回答を得ています」「〜と記録されています」と、出所を示して伝えてください。

実務チェックリスト
  • 連絡を受けたら、最後まで聞いた途中で反論しない
  • 相手が述べた内容を、できるだけそのまま記録した
  • 現地を確認し、写真と日時を記録した
  • 社内の記録と突き合わせた重説・告知書・調査記録・メール
  • その日のうちに記録を作成した
  • 上長へ報告した金額の大小にかかわらず
  • 報告で事実と評価を分けた
  • 謝罪と、責任の承認を分けて話した負担については留保する
  • 弁護士への相談が必要な状況か判断した賠償請求・解除要求・代理人の就任・訴訟の示唆
  • 宅建業者賠償責任保険の加入状況と補償範囲を確認した
  • 関係書類を保存した数年後に出てくることがある
  • 調べて分からなかったことを「確認できず」と記録している
  • 口頭で説明した内容を、メールで要約して送っている
  • 可否や法的評価を断定していない出所を示して伝える

まとめ

  • トラブルは引渡し後に出てくる。そのとき効くのは、契約前に残した記録だけ。
  • 初動は、聞く → 事実確認 → 記録 → 報告 → 専門家。順番を飛ばさない。
  • 謝ることと責任を認めることは別。負担については留保する。
  • 業者は宅建業法上・民事上・社内の三つの責任を同時に問われる。和解しても行政処分は別。
  • 「知らなかった」で済むかは、調査すべきだったかで決まる。調査記録が証明になる。
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