「記録なし」と「保存年限経過」は違う ── 行政照会の読み方
- 「ありません」には二つの意味がある。どちらかを必ず確かめる
- 台帳は保管が義務づけられ、個別の文書は保存年限で消える
- 回答は書面でもらう。口頭は報告書に書けない
- 報告書には「無い」ではなく「確認できなかった」と書く
「市に照会したところ、記録はないとのことでした」──この一行は、報告書に書けません。
「記録なし」には二つの意味があります。そもそも該当する事実がなかったのか、あったかもしれないが文書が残っていないのか。この二つは、まったく別のことです。
この記事では、行政庁への照会をどう組み立て、返ってきた答えをどう読むかを整理します。
二つの「ありません」
窓口で同じ言葉が返ってきても、中身は違います。
| 回答 | 意味すること |
|---|---|
| 該当なし | 記録は残っていて、その中に対象地が無い |
| 保存年限経過 | あったかどうか、もう分からない |
| 制度の対象外 | 当時その届出の制度がなかった |
一つ目なら「無かった」と近いことが言えます。二つ目と三つ目は、何も言えていません。それでも三つとも、窓口では「ありません」と返ってきます。
「この土地に工場はありましたか」と聞くと、担当者は記憶と手元の資料で答えます。それは照会ではなく、雑談です。
聞くのは「どの制度の、どの文書を、いつまで保存しているか」です。そのうえで「対象地について、その文書に記載があるか」を尋ねます。
制度と文書を特定して聞けば、返ってくる答えも特定されます。
台帳は残る、個別の文書は消える
行政の記録は、一様に残るわけではありません。台帳のように保管が義務づけられたものと、保存年限のあるものに分かれます。
たとえば土壌汚染対策法は、区域の台帳についてこう定めています。
「都道府県知事は、要措置区域の台帳及び形質変更時要届出区域の台帳を調製し、これを保管しなければならない。」(法15条1項)
そして「都道府県知事は、台帳の閲覧を求められたときは、正当な理由がなければ、これを拒むことができない。」(同条3項)
つまり区域指定の有無は、確実に確かめられます。ここは「保存年限で消えた」が起こらない場所です。
一方、届出書や許可申請書のような個別の文書は、自治体ごとの文書管理の規程で保存年限が定められています。年限が来れば廃棄されます。
年限は制度によっても自治体によっても違うので、記事に数字は書けません。照会のたびに、その窓口で確かめてください。
どこに、何を聞くか
地歴調査で当たる先は、おおむね次の四つです。
| 照会先 | 確かめるもの |
|---|---|
| 都道府県・政令市の環境部局 | 区域指定の台帳。有害物質を使う特定施設の届出 |
| 市町村の農業委員会 | 農地転用の許可・届出の記録 |
| 都市計画・建築の部署 | 開発許可、建築確認。開発登録簿は閲覧できる |
| 廃棄物・産業廃棄物の部署 | 処理施設の許可、不法投棄の記録 |
| 消防本部 | 危険物施設の許可。地下タンクの有無 |
| 保健所 | クリーニング所の届出 |
特定施設の届出については水質汚濁防止法、開発登録簿については開発登録簿、農地転用の手続は農地転用に整理があります。
環境部局だけを回って終わりにしないことです。給油所や工場の地下タンクは、消防の危険物施設として許可を受けています。
住宅地図に給油所の記載があった、航空写真に給油機の島が写っている。そういうときは消防本部へ回ります。地下タンクは地表からは見えず、登記にも出ません。
クリーニング所も同じです。旧住宅地図に「◯◯クリーニング」と出ていたら、保健所に届出の記録があります。
三つの聞き方
照会には段階があります。手間と、得られるものの確かさが違います。
電話で聞く
早い。あたりを付ける段階には向きます。しかし担当者の記憶や当日の対応に左右されるうえ、書面が残りません。
窓口で閲覧する
台帳や登録簿のように閲覧できるものは、自分の目で見ます。「見た」と書けるのは、見たものだけです。
情報公開請求をする
時間はかかりますが、不存在なら「不存在」の決定が書面で返ってきます。その理由も書かれます。
報告書に「確認できなかった」と書くとき、その裏づけになるのはこの書面です。争いになりそうな案件では、はじめから請求で取ります。
回答をどう受け取るか
電話で済ませた場合でも、必ず記録を残します。
いつ、どこの、何という部署の、誰に、何を聞き、何と答えられたか。この五つを、その場で書き取ります。担当者名まで控えるのは、後から確かめ直せるようにするためです。
そして「保存年限は何年か」「いつまで遡れるか」を必ず一緒に聞きます。これを聞かずに「記録なし」だけ持ち帰ると、報告書で何も言えなくなります。
報告書にどう書くか
書き方は一つです。照会した先、照会した内容、返ってきた答え、そして遡れた範囲。四つを並べます。
「◯◯市に照会したが、記録はなかった」ではありません。
書くのは「◯◯市◯◯課に照会したところ、同課が保存する昭和◯年以降の届出書には対象地に係る記載はない、との回答を得た」です。
遡れた範囲を明示すれば、それより前について何も言っていないことが、読む側に伝わります。フェーズⅠは資料調査であり、汚染の有無を証明するものではありません。
この書き方は、登記や住宅地図で「記載がなかった」と書くときと同じ構えです。旧土地台帳でも旧住宅地図でも、確認できた範囲を添えて書きます。
報告書全体をどう組み立てるかは、調査で分からなかったことを、どう書くかにまとめてあります。
依頼者への説明
依頼者は「調べたら何も出なかった=きれいな土地」と受け取りがちです。ここは口頭でも書面でも、はっきり伝えます。
資料調査で分かるのは「疑うべき履歴が見つかったかどうか」までです。見つからなかったことは、汚染がないことの証明ではありません。
とくに古い年代は、制度そのものが無かったために記録が存在しません。戦前から昭和30年代にかけては、届出の制度が整う前です。この期間は、行政照会では埋まりません。埋めるのは航空写真と旧住宅地図です。
- 制度と文書を特定して聞いた
- 「該当なし」か「保存年限経過」かを区別した
- 保存年限と、遡れる年代を聞いた
- いつ・どこの・誰に聞いたかを記録した
- 閲覧できるもの(台帳・登録簿)は自分で見た
- 裏づけが要る案件は情報公開請求で書面を取った
- 制度が無かった年代を把握し、別の資料で埋めた
- 報告書に遡れた範囲を明示した
まとめ
- 「記録なし」には、該当なし・保存年限経過・制度の対象外の三つがある。区別せずに書けない
- 台帳は保管が義務づけられているが、届出書などの個別文書は保存年限で廃棄される
- 聞くのは「どの制度の、どの文書を、いつまで保存しているか」。制度を特定して聞く
- 裏づけが要るなら情報公開請求。不存在なら「不存在」の決定が書面で返る
- 報告書には遡れた範囲を明示する。「無い」ではなく「確認できなかった」と書く
熊本県内の土地の地歴調査(土壌汚染フェーズⅠ)。法務局と市町村の窓口でしか確認できない資料を、現地で集めます。株式会社地央(熊本市)が承っています。
