近世からの町場と商業地 ── 変わっていないことを、どう書くか

この記事の要点
  • 市街地は変化が乏しく見えるが、建物の入れ替わりは激しい
  • 資料がさかのぼれる年代には限りがある。それ以前は「不明」であって「無かった」ではない
  • 更地や駐車場だった期間は、地歴の空白になりやすい
  • 商業地にも、有害物質を扱う業種はある

市街地の土地は昔から市街地だったのだから、調べることは少ない、と思われがちです。

確かに、田畑や工場の跡地に比べれば、追う筋は単純です。ただしこの類型には別の難しさがあります。「何も無かった」ことを、資料から示さなければならないという点です。何かがあったことは資料で示せますが、無かったことは示せません。書けるのは、どこまでさかのぼって、何を見て、そこに無かったか、という範囲だけです。

この記事では、近世からの町場や商業地について、資料がどこまで届くか、届かない部分をどう書くかを整理します。

市街地でも、建物は入れ替わっている

中央区の水前寺の一帯には、昭和三十年代に住宅と青果の卸売市場があり、昭和五十年代に立体駐車場へ、昭和六十年代に遊技場へと変わった区画があります。中央区の下通では、昭和三十年代に事務所だった土地が、昭和五十年代に住宅と駐車場になり、平成に入って駐車場だけが残りました。

用途としては商業地のままですが、建物は三十年のうちに二度、三度と入れ替わっています。そのつど解体と基礎工事が入り、土は動いています。

市街地を「変化がない」と扱うと、この入れ替わりを見落とします。追うべきなのは用途の変化ではなく、建物が建て替わった年のほうです。

資料は、どこまでさかのぼれるか

資料ごとの、届く年代
資料 おおよその下限 読めること
旧土地台帳 明治期 地目・所有者
航空写真 戦後間もない時期 建物の形・空地かどうか
旧住宅地図 昭和三十年代以降 屋号・業種
閉鎖された登記記録 時期による 建物の種類・新築年

業種が読めるのは住宅地図だけで、その住宅地図が昭和三十年代からしか無い。ここが市街地の調査で行き止まりになりやすいところです。

それ以前について書けるのは、旧土地台帳の地目と、航空写真に写る建物の形だけです。建物があったことは分かっても、そこで何が営まれていたかは分かりません。

戦災と、そのあと

熊本の市街地は、戦時中の空襲で中心部の広い範囲が焼けています。焼けた区域では、戦前の建物と戦後の建物がつながりません。

一方で、地割りは残ります。建物が焼けても、土地の区画と地番は引き継がれるからです。旧土地台帳をさかのぼると、戦前の所有者から現在まで続いていることがあります。

つまり、戦前の建物の用途を追うのは難しいが、土地としての連続性は追える。市街地の報告書では、この線引きをはっきりさせておくと、読む側が誤解しません。

駐車場と更地の期間

更地の期間は、資料に何も残らない

建物が解体されて駐車場や空地になっていた期間は、住宅地図に屋号が載らず、登記にも建物が無い状態になります。

この期間に何が行われたかは、資料からは分かりません。造成のために土が入れられたのか、解体材が残されたのか、そのまま置かれていたのか。

中央区の上通の一帯にも、昭和三十年代から商店街と住宅と駐車場が入れ替わってきた区画があります。駐車場だった時期を「何も無かった」と書くのではなく、「建物の記録が無い期間」として区別して書くほうが正確です。

この空白を埋める手がかりは、航空写真の解像度と、隣地との段差です。造成で地盤が上がっていれば、周囲の擁壁や道路との高低差に出ます。それでも分からなければ、分からないと書きます。

商業地にも、扱う業種はある

商業地だから有害物質とは無縁、とは言えません。市街地の中にも、次のような業種が入っていることがあります。

クリーニングの工場、写真の現像、小規模な印刷、飲食店の地下タンク、自動車の販売と整備。いずれも住宅地図には屋号しか載らないので、屋号から業種を読み取れるかどうかが分かれ目になります。

屋号だけで判断がつかないときは、当時の業種別電話帳や商工の名鑑にあたります。同じ屋号が近隣の版にも出ていれば、そちらの記載から業種が分かることもあります。

それでも分からなければ、聞き取りに移ります。ただし市街地は住み替わりが多く、当時を知る人に行き当たらないことのほうが多いと考えておくほうがよいと思います。近隣の商店会や、長く営業している店に心当たりを尋ねる程度で、確認まで至らないことは珍しくありません。

ビルの中は、住宅地図に出ない

市街地でもう一つ厄介なのが、雑居ビルです。

住宅地図に載るのはビルの名称までで、中に入っている店舗や事業所までは載りません。階数の多い建物ほど、その中で何が営まれていたかは資料から消えます。一階の路面店だけが記載されている版もありますが、上階と地下は空白です。

地下に飲食店が並んでいれば厨房の設備があり、上階に写真の現像やクリーニングの受付があれば、取次だけか処理まで行っていたかで話が変わります。建物の中の履歴は、住宅地図では追えません。

手がかりになるのは、建物の登記記録にある種類の欄と、確認申請や消防の届出です。ただしこれらは所有者や設計者の手元にあるもので、第三者が当然に見られるとは限りません。見られなかった場合は、そのことを書きます。

「該当なし」を、どう書くか

調べた結果、有害物質を扱う施設が見当たらないことは、市街地では珍しくありません。問題はその書き方です。

「汚染は無い」とは書けない

資料調査で言えるのは、見た資料の範囲に、該当する記載が無かったということだけです。汚染が無いことの証明にはなりません。

書くべきなのは、どの資料の何年版まで確認したか、どの範囲を見たか、その中に該当する業種が無かったか、という順です。結論を先に書かず、範囲を先に書きます。

この書き方をしておくと、あとから別の資料が出てきたときにも、報告書が破綻しません。範囲を示してあるので、その外側の話として整理できるからです。

市街地を調べるときの確認
  • 用途ではなく、建物が建て替わった年を追った
  • 住宅地図で確認できる最も古い版を特定した
  • それ以前について、航空写真と旧土地台帳で分かる範囲を切り分けた
  • 駐車場・空地だった期間を「記録が無い期間」として区別した
  • 屋号から業種が読めない店舗について、判断がつかないことを記録した
  • 雑居ビルがあった区画で、上階と地下の用途を追えたか確かめた
  • 戦災で焼けた区域かどうかを確かめた
  • 報告書に「汚染は無い」と書いていない
  • 確認した資料の名称と年版を、すべて列挙した

まとめ

  • 市街地は用途が変わらなくても、建物は繰り返し入れ替わっている
  • 業種が読めるのは旧住宅地図だけで、届くのは昭和三十年代まで
  • 戦災で焼けた区域では建物の連続性が切れるが、地割りと地番は残る
  • 駐車場や空地だった期間は、資料に記録が残らない空白になる
  • 商業地にも、クリーニング・現像・印刷・給油といった業種が入っている
  • 雑居ビルは名称までしか載らない。上階と地下の用途は住宅地図では追えない
  • 書けるのは「見た範囲に該当が無かった」ことだけ。結論より範囲を先に書く
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