CHIOU / 株式会社地央

自治体職員のための民法の基礎 ── 契約と所有権を支えるルール

この章の要点
  • 相談が行政の事務か民事かを最初に切り分ける。民事なら行政は判断者ではない
  • 不動産の権利変動は登記がなければ第三者に対抗できない
  • 相隣関係は2023年4月施行の改正で内容が変わっている。従来の説明のままだと誤りになる
  • 筆界と所有権界は別物。筆界は当事者の合意では動かせない

普通財産を売り払う、行政財産の一部を貸し付ける、隣家からの越境について相談を受ける。自治体の窓口で扱う土地の仕事は、その多くが民法のルールの上に成り立っています。

民法と聞くと身構えてしまいますが、押さえるべき考え方はそう多くありません。難しいのは、条文を知っていることではなく、相談を受けたときに「これは民事の話であって、行政が判断する話ではない」と切り分けられるかです。ここを誤ると、本来は当事者間で解決すべきことを行政が抱え込むことになります。

この章では、契約と所有権を支える基本原則、登記が持つ意味、そして窓口で多い相隣関係の相談をどう受け止め、どこで切り分けるかを扱います。

四つの基本原則

契約自由の原則

誰と、どのような内容の契約を結ぶかは、当事者が自由に決められるという考え方です。売買の価格も引渡しの時期も、双方が合意すればそれが契約になります。ただし自由には限界があり、法令に反する内容や公序良俗に反する内容は無効です。

自治体の契約事務では、この自由が地方自治法によって大きく制限されている点に注意が必要です。一般競争入札が原則で、随意契約は限定された場合にのみ認められます。民間同士の契約とは前提が違います。

所有権絶対の原則

所有者は、その物を自由に使用し、収益を上げ、処分することができます。法律はこの権利を強く保護しており、第三者が侵害することは許されません。

ただし無制限ではありません。「法令の制限内において」自由なのであって、都市計画法や建築基準法、農地法による制限は当然に及びます。「自分の土地なのだから何を建てても自由なはずだ」という相談に対しては、この点を説明することになります。

物権法定主義

土地や建物に関する権利(物権)は、法律で定められたものしか存在しません。当事者が勝手に新しい権利を作り出すことはできない、という考え方です。抵当権も地役権も、法律が定めた内容と効力を持ちます。

この原則があるおかげで、登記を見れば権利関係が分かる、という前提が成り立ちます。

過失責任の原則

他人に損害を与えた場合、その損害が故意または過失によるものであれば責任を負う、という考え方です。公共施設の管理を怠って事故が起きた場合、管理者としての責任が問われる根拠になります。

登記は何のためにあるのか

不動産の取引では、二つの安全を両立させる必要があります。

  • 静的安全 すでに権利を持っている人が、その権利を不当に奪われないこと。
  • 動的安全 これから取引に入る人が、安心して権利を取得できること。

この二つを両立させる仕組みが公示、すなわち不動産登記です。土地や建物は、見ただけでは誰のものか分かりません。そこで権利関係を登記簿に記録し、誰でも確認できるようにしています。

対抗要件としての登記

民法は、不動産に関する権利の変動は登記をしなければ第三者に対抗できないと定めています。これを対抗要件主義といいます。

契約が成立すれば当事者間では所有権は移転しますが、それを他人に向かって主張するには登記が必要だ、という構造です。公有財産を取得したのに登記を怠っていると、後から権利を主張できなくなる可能性があります。用地取得では、この点が実務上の要点になります。

窓口で多い相隣関係の相談

自治体の窓口に持ち込まれる土地の相談で、件数が多いのが隣近所の問題です。民法は第209条から第238条にかけて、隣り合う土地の関係(相隣関係)について定めています。

この分野は2021年に大きく改正され、2023年4月1日から施行されています従来の説明と変わっている点があるため、注意が必要です。

越境した枝と根

隣地から伸びてきた根は、自分で切り取ることができます。従来からの扱いです。
原則として、竹木の所有者に切除させる必要があります。ただし改正により、①催告しても相当の期間内に切除しないとき、②所有者やその所在を知ることができないとき、③急迫の事情があるときは、自ら切り取ることができるようになりました。

隣地の使用

境界付近で工事をする際などに、必要な範囲で隣地を使用できる旨が明確化されました。ただし、あらかじめ目的・場所・方法・時期を通知する必要があり、住家に立ち入るには居住者の承諾が要ります。

ライフラインの設備設置

他人の土地を経由しなければ水道・電気・ガス等を引き込めない場合に、必要な範囲で設備を設置・使用できる権利が新たに規定されました。これも通知が前提です。

切り分けが最も重要です

越境も通行も、原則として当事者間の民事の問題であり、行政が可否を判断したり、強制的に解決したりする立場にはありません。窓口では、制度の説明と、法テラス・弁護士会の相談窓口、筆界特定制度、民事調停といった解決の道筋を案内するところまでにとどめます。ここを越えると、行政が一方の当事者に加担したという指摘を受けかねません。

境界をめぐる相談

境界の争いには、性質の異なる二つがあります。混同されやすいところです。

筆界登記された土地の範囲を区切る公法上の境界。当事者の合意では動かせません。争いがある場合は、法務局の筆界特定制度または境界確定訴訟によります。
所有権界実際にどこまでを所有しているかという私法上の境界。当事者の合意で定めることができます。時効取得などにより筆界とずれることがあります。

窓口での整理手順

一 行政の事務か、民事の相談かを切り分ける

最初にここを見極めます。公有財産の管理・処分に関わるものか、住民同士の問題か。民事であれば、行政は判断者ではありません。

二 (行政事務の場合)財産の分類を確認する

行政財産か普通財産か。行政財産は原則として貸付・売払いができず、用途廃止の手続きが前提になります。普通財産であれば売払い・貸付が可能です。

三 登記の状況を確認する

取得したのに登記が未了になっていないか。所有権移転が済んでいるか。第06章の手順で確認します。

四 (民事相談の場合)事実関係を整理して聞き取る

いつから、何が、どのような状態か。感情的な訴えになりがちな分野なので、事実と評価を分けて記録します。一方の当事者の説明だけで判断しないことが大切です。

五 解決の道筋を案内する

制度の説明と、相談先(法テラス、弁護士会、司法書士会、土地家屋調査士会、筆界特定制度、民事調停)を案内します。可否や正誤の判断は示しません

六 記録に残す

相談内容と案内内容を記録します。後日、認識の食い違いが生じたときに、記録が唯一の拠りどころになります。

実務チェックリスト
  • 行政の事務か、民事の相談かを切り分けた民事であれば行政は判断者ではない
  • (行政事務)行政財産か普通財産かを確認した行政財産は原則として貸付・売払いができない
  • (行政事務)所有権移転の登記が済んでいるか確認した登記を怠ると第三者に対抗できない
  • (民事相談)事実と評価を分けて聞き取った一方の当事者の説明だけで判断しない
  • 越境の相談で、枝と根の扱いの違いを説明した根は自ら切除可。枝は原則として所有者に切除させる(例外あり)
  • 2023年4月施行の相隣関係の改正内容を踏まえて説明した隣地使用権、ライフライン設備設置権、枝の切除の例外
  • 筆界と所有権界を区別して説明した筆界は合意では動かせない。筆界特定制度または訴訟による
  • 解決の道筋(相談先・制度)を案内した法テラス/弁護士会/筆界特定制度/民事調停など
  • 可否や正誤の判断を示していない
  • 相談内容と案内内容を記録に残した後日の食い違いに備える

まとめ

  • 契約自由・所有権絶対・物権法定・過失責任が民法の基本原則。ただし所有権も法令の制限内での自由。
  • 自治体の契約は地方自治法により一般競争入札が原則。民間同士の契約とは前提が違う。
  • 不動産の権利変動は登記がなければ第三者に対抗できない。用地取得では登記の完了まで見届ける。
  • 相隣関係は2021年改正・2023年4月施行。枝の切除の例外、隣地使用権、ライフライン設備設置権が新設された。
  • 越境や境界の争いは原則として民事。行政は制度の説明と相談先の案内にとどめ、可否の判断を示さない。

関連法令

  • 民法第206条 所有権の内容(法令の制限内での使用・収益・処分)を規定。
  • 民法第177条 不動産に関する物権変動の対抗要件(登記)を規定。
  • 民法第209条 隣地の使用について規定(2023年4月1日施行の改正)。
  • 民法第213条の2 継続的給付を受けるための設備の設置権等を規定(2023年4月1日施行)。
  • 民法第233条 竹木の枝の切除および根の切取りについて規定(2023年4月1日施行の改正)。
  • 不動産登記法第123条以下 筆界特定制度について規定。
  • 地方自治法第238条の4・第238条の5 行政財産および普通財産の管理・処分について規定。
ご確認ください

本章は制度理解のための一般的な解説であり、個別案件の法的判断を保証するものではありません。実際の手続きにあたっては、都市計画課・農業委員会・法務局・建築指導課など所管窓口や専門家(行政書士・土地家屋調査士等)に必ずご確認ください。

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