登記記録に現れない使用者 ── 借りて工場を営んでいた場合
- 措置を求められるのは原則として土地の所有者等。だから使用者を追う
- 賃借権は登記されないが、借地上の建物は借主の名義で登記されている
- 乙区の債務者欄にも、使用者の影が出る
- 特定できなかったときは、「できなかった」と書く
「所有者はずっと同じ一族でした。だから工場は無かったはずです」──ここに、この仕事でいちばん多い抜けがあります。
土地は貸せます。借りた者が工場を建て、操業し、やめて出ていく。その間ずっと、土地の登記には貸主の名前しか出ません。
この記事では、登記に現れない使用者をどう辿るかを整理します。
なぜ使用者を追うのか
理由は、責任の所在にあります。
汚染が見つかったとき、行政から措置を求められるのは原則として土地の所有者等です。ここでいう所有者等には、所有者のほか、管理者や占有者も含まれます。
過去に汚染を生じさせた者が明らかな場合の扱いは、法に別の定めがあります。しかし「明らかにする」作業そのものが、地歴調査です。誰が使っていたか分からなければ、その入口にも立てません。
所有者が代々同じでも、その土地が事業に使われていなかったことにはなりません。
農地を持っていた家が、高度成長期に一部を工場へ貸す。よくある形です。貸したことは、土地の登記のどこにも書かれません。
所有者の遍歴は旧土地台帳で追えます。しかしそれは「誰のものだったか」であって、「誰が使っていたか」ではありません。
賃借権は、まず登記されない
土地の賃借権も登記はできます。しかし現実には、ほとんど登記されていません。
登記には貸主の協力が要り、貸主に応じる義務がないためです。借主が「登記してほしい」と言っても、まず通りません。
だから、賃借権の登記を探しても空振りになります。別の入口から入ります。
借地上の建物は、借主の名義で登記されている
ここが、この記事のいちばん重いところです。
借地借家法10条1項は、こう定めています。
「借地権は、その登記がなくても、土地の上に借地権者が登記されている建物を所有するときは、これをもって第三者に対抗することができる。」
つまり借地人は、自分名義で建物を登記しておかないと、土地が売られたときに追い出されます。だから登記する強い動機があります。
結果として、土地の登記に出ない使用者が、建物の登記に出ます。
建物の登記には所有者だけでなく、種類も書かれています。工場、倉庫、車庫。構造と床面積も分かります。取り壊されていても、閉鎖された記録として残っています。
手順はこうなります。対象の土地の上に建っていた建物を探し、その所有者を見る。土地の所有者と建物の所有者が違えば、そこに借地関係があったということです。詳しくは閉鎖登記簿で分かることと表示登記にあります。
名義がずれていることがある
建物の登記名義が、実際に使っていた法人と一致しないことがあります。法人が借りていながら、建物は代表者個人の名義になっている。珍しくありません。
だから建物の所有者が個人名でも、そこで止めないことです。同じ姓の法人が住宅地図に出ていないか、その個人が近隣の法人の代表者でないかを見ます。
建物が登記されていないことがある
借地上でも、建物を登記していない例はあります。作業場や倉庫のような簡易な建物ほどそうです。
登記が無ければ、この道は使えません。航空写真に建物が写っているのに登記が見つからない場合は、未登記を疑います。
乙区に残る影
建物の登記が見つからない場合でも、土地の乙区に痕跡が出ることがあります。
抵当権・根抵当権の債務者
所有者が個人のままなのに、債務者の欄に法人名が入っている。その法人がその土地を担保に借りていたということです。
地上権
賃借権と違い、地上権は物権なので登記されていることがあります。数は多くありませんが、出てくれば権利者・設定時期・存続期間まで分かります。
債務者に法人名があることは、その土地で操業していたことを意味しません。本社の土地を担保に入れただけかもしれません。
読めるのは「この法人がこの土地に関与していた」までです。そこから先は別の資料で確かめます。
登記の外で辿る
登記だけでは届かない部分を、四つの資料で埋めます。
| 資料 | そこから出てくるもの |
|---|---|
| 旧住宅地図 | 屋号。業種が名前に入っている |
| 航空写真 | 建物の形。操業していた期間 |
| 行政庁への照会 | 特定施設の届出。届出者は使用者本人 |
| 商業登記 | 法人名が出たら、本店・目的・設立と解散の年 |
とくに行政への届出は、届出者が使用者そのものです。所有者ではありません。水質汚濁防止法上の特定施設については水質汚濁防止法に整理があります。
照会の組み立て方と、返ってきた答えの読み方は「記録なし」と「保存年限経過」は違うにまとめてあります。
屋号の追い方は旧住宅地図の使い方、写真の集め方は航空写真で土地の履歴を読むにまとめてあります。
忘れられがちですが、旧版の職業別電話帳は業種で引けます。住宅地図が地番から引くのに対して、こちらは業種から引ける。逆引きになります。
「この地区に、この年代、どんな業種の事業所があったか」を面で押さえたいときに効きます。住宅地図と同じく、図書館の郷土資料に入っていることがあります。
特定できたら、何を確かめるか
使用者の名前が出たら、そこで止めません。三つを押さえます。
期間。いつからいつまで使っていたか。建物の登記の日付、住宅地図で名前が現れて消えた年、届出の受理年で挟みます。
業種。何を扱っていたか。商業登記の「目的」欄が手がかりになります。
いまの存否。法人が現存するか、解散しているか。解散していれば、責任を追及する相手がいないということです。これは依頼者にとって重い情報です。
特定できなかったとき
資料をすべて当たっても、使用者が分からないことがあります。それは失敗ではありません。
書くのは「確認できた範囲では、所有者以外の使用者を示す記載はなかった」です。
賃借権は登記されず、建物を建てずに使う事業もあり、住宅地図に載らない事業所もあります。分からないことと、無いことは違います。
当たった資料と年代を列挙したうえで、そこまでで何が確認できなかったかを書く。フェーズⅠは資料調査であり、汚染の有無を証明するものではありません。
- 土地の上にあった建物の登記を当たった
- 建物の所有者と土地の所有者が同一かを比べた
- 滅失した建物の記録までさかのぼった
- 乙区の抵当権・根抵当権の債務者名を書き出した
- 地上権の設定の有無を確認した
- 住宅地図で屋号が現れた年と消えた年を特定した
- 行政庁への照会で届出者の名称を確かめた
- 法人が現存するか、解散しているかを調べた
使用者が登記に出てこない土地をどう扱うかは、跡地という類型そのものの問題でもあります。業種の絞り方まで含めて、工場や作業場だった土地で整理しています。
まとめ
- 措置を求められるのは原則として土地の所有者等。だから過去の使用者を明らかにする意味がある
- 土地の賃借権はまず登記されないので、賃借権を探しても出てこない
- 借地上の建物は借地権の対抗要件になるため、借主名義で登記されていることが多い。ここに使用者が出る
- 乙区の債務者欄、住宅地図の屋号、行政への届出者、商業登記の目的欄で裏を取る
- 特定できなければ「確認できた範囲では記載がなかった」と書く。「いなかった」とは書かない
熊本県内の土地の地歴調査(土壌汚染フェーズⅠ)。法務局と市町村の窓口でしか確認できない資料を、現地で集めます。株式会社地央(熊本市)が承っています。
