新産業都市が残したもの ── 線引きという、半世紀の負の遺産

地央 まちづくりの見取り図 都市法制の歴史

新産業都市が残したもの
線引きという、半世紀の負の遺産

新産業都市が残したもの ── 線引きという、半世紀の負の遺産

出典:藤井さやか(2010)ほか公表資料より構成

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この記事の要点

  • いま地方都市を縛っている線引きの多くは、1960年代の人口急増予測を前提に引かれたものである
  • 指定は政治的な陳情合戦で総花的になり、「効率のための政策」が「補助金配分の政策」へ変質した
  • 制度は2001年に廃止された。それでも線だけが残り、いまも土地利用を規定している

市街化調整区域の相談を受けていると、「なぜここに線が引かれているのか、誰も説明できない」という場面にときどき行き当たります。

地図の上では不自然な形をしている。生活圏は一体なのに、道路一本で規制が変わる。合併した市の中で、旧町ごとにルールが違う。

その多くは、1962年に始まった新産業都市という国家プロジェクトに由来します。この記事は、その経緯と、全国四つの現場に残った痕跡をたどったものです。

1962年の夢 ── 太平洋ベルトの繁栄を、地方へ

1962年の夢 ── 太平洋ベルトの繁栄を、地方へ

拠点開発方式地方に「成長の極」をつくり、地域格差を是正する
背景 池田勇人内閣の所得倍増計画と、第一次全国総合開発計画。

目的 東京・大阪への過度の集中を防ぎ、地方に「成長の極」をつくって地域格差を是正する。

戦略 拠点となる都市に重厚長大産業(鉄鋼・石油化学)を集積させ、その波及効果で周辺地域全体を潤す。

図1 1962年の夢 ── 拠点開発方式タップで拡大

池田勇人内閣の所得倍増計画と、第一次全国総合開発計画。そこで採られた手段が拠点開発方式でした。

東京・大阪への過度の集中を防ぎ、地方に「成長の極」をつくる。拠点となる都市に重厚長大産業(鉄鋼・石油化学)を集積させ、その波及効果で周辺地域全体を潤していく。

制度化されたのが、1962年の新産業都市建設促進法と、1964年の工業整備特別地域整備促進法です。経緯の全体像は 全総の70年 にまとめています。

効率性か、衡平性か ── 理想と現実の乖離

効率性か、衡平性か ── 理想と現実の乖離
当初の構想
政治的圧力
最終結果

経済企画庁案:
10都市程度に厳選
39道府県44地域の
陳情合戦
計21地域が指定
(15新産+6工特)
「効率性のための政策」が「補助金配分のための政策」へ変質した。
総花的な指定により投資が分散し、拠点の求心力は低下した。
図2 効率性か、衡平性か ── 理想と現実の乖離タップで拡大

拠点開発が成立する条件は、拠点を絞ることです。分散させれば、投資は薄まり波及効果は生まれません。

経済企画庁の当初案は、10都市程度に厳選するものでした。ところが指定を求めて、39道府県44地域から陳情が殺到します。最終的に指定されたのは計21地域(新産業都市15、工業整備特別地域6)でした。

ここで起きたことは、政策の性質そのものの変質です。「効率性のための政策」が「補助金配分のための政策」になった。総花的な指定によって投資は分散し、拠点は求心力を持てませんでした。

そこへ「線引き」が重なった

そこへ「線引き」が重なった(1968年 都市計画法)
市街化区域インフラ整備が優先される
そのかわり税金は高い
市街化調整区域建築は原則禁止
そのかわり税金は安い
新産業都市・工業整備特別地域は、政令により線引きが義務づけられた。
矛盾:将来の爆発的な人口増加を前提に広大な市街化区域を設定したが、予想された人口増は多くの地方都市で起こらなかった。
結果として残ったのは、未利用の工業団地と、建築制限に苦しむ農村だった。
図3 そこへ「線引き」が重なったタップで拡大

1968年の都市計画法で、市街化区域と市街化調整区域の区分(線引き)が導入されます。新産業都市・工業整備特別地域は、政令により線引きが義務づけられました。

市街化区域はインフラ整備が優先される代わりに税金が高い。市街化調整区域は建築が原則禁止される代わりに税金が安い。本来は、この二つを組み合わせて計画的に市街地を形成するための道具です。

ところが前提が崩れました。将来の爆発的な人口増を見込んで広大な市街化区域を設定したのに、その人口増は多くの地方都市で起こらなかった。

残ったのは、未利用の工業団地と、建築制限に苦しむ農村でした。線引きの仕組みそのものについては 都市計画法の全体像 をご覧ください。

制度は終わった。しかし線は残った

制度は終わった。しかし線は残った
1960〜70年代
重厚長大産業の隆盛
1980〜90年代
IT・サービス産業へシフト
2001年
新産業都市建設促進法 廃止
2000年の最終報告書は「役割を終えた」と結論づけた。
けれども地方都市の土地利用には、当時の過大な成長予測に基づくゾーニングが、そのまま刻み込まれている。
制度はなくなった。一度引かれた「線引き」は、残り続けた。
図4 制度は終わった。しかし線は残ったタップで拡大

1980年代以降、産業構造は重厚長大からIT・サービスへ移ります。新産業都市という枠組みは役目を終え、2001年に新産業都市建設促進法は廃止されました。

2000年の国土審議会答申も「役割を終えた」と結論づけています。

それでも、地方都市の土地利用には、当時の過大な成長予測に基づくゾーニングがそのまま刻み込まれています。制度はなくなっても、一度引かれた線は残る。ここがこの問題の核心です。

歪みは、三つの型に分けて診断できる

歪みは、三つの型に分けて診断できる
筑波大学の研究(藤井、2010)に基づき、新産・工特都市が抱える課題を三つのタイプに分類する。
1. 広域都市計画型優等生の苦悩拠点都市と周辺農村部の格差
例:岡山県南(水島)
2. 県境指定型ボーダーの悲劇行政の壁による投資の偏り
例:熊本県荒尾市/福岡県大牟田市
3. 当初計画見直し型無理な線引き住民反発による歪んだゾーニング
例:愛媛県新居浜市/茨城県鹿島
図5 歪みの三類型タップで拡大

筑波大学の藤井さやか氏による研究(2010)は、新産・工特都市が抱える課題を三つのタイプに分類しています。

広域都市計画型は、拠点都市と周辺農村部のあいだに格差が生じた型。県境指定型は、県境をまたいで指定されたために投資が偏った型。当初計画見直し型は、住民の反発で無理な線引きが行われた型です。

以下、それぞれの現場を見ていきます。

Case 1 「優等生」の抱える広域格差(岡山県南)

Case 1 「優等生」の抱える広域格差(岡山県南)

背景 水島コンビナートを擁し、もっとも成功したモデルとされる。33市町村(当時)を含む広大な「広域都市計画区域」を設定した。
周辺部の不満
・鴨方・金光(現・浅口市)などの周辺自治体は、生活圏は一体なのに、厳しい規制(線引き)だけが課され、開発の恩恵は中心部(倉敷・岡山)に集中した。
・「規制は厳しいが税金は高い」線引き内エリアと、「規制が緩く税金も安い」隣接非線引きエリアとの間で不公平感が増大。
・合併により同一市内に異なる規制が混在し、整合性の確保が困難に。
図6 Case 1 岡山県南 ── 優等生の広域格差タップで拡大

水島コンビナートを擁する岡山県南は、新産業都市のなかでもっとも成功したモデルとされています。33市町村(当時)を含む広大な「広域都市計画区域」が設定されました。

問題は周辺部に出ました。鴨方・金光(現・浅口市)などの自治体は、生活圏としては倉敷・岡山と一体です。それなのに厳しい規制だけが課され、開発の恩恵は中心部に集中した。

「規制は厳しいが税金は高い」線引き内エリアと、「規制が緩く税金も安い」隣接する非線引きエリア。この差が不公平感を生み、さらに合併によって同一市内に異なる規制が混在する状態が生まれました。

Case 2 県境の壁と、放置された周縁(熊本県荒尾市)

Case 2 県境の壁と、放置された周縁(熊本県荒尾市)

背景 福岡県(大牟田)と熊本県(荒尾)にまたがる「不知火・有明・大牟田」地区。政治的理由で一本化されたが、県境を越えた予算執行は困難を極めた。
投資の偏りと衰退
・開発プロジェクトの大半は、人口規模の大きい大牟田側(福岡県)で実施された。
・荒尾市は三井三池炭鉱の閉山とともに人口が減少(ピーク時6.4万人→5.7万人)。しかし「新産都市」としての厳しい規制(調整区域)は残り、農村集落や炭鉱住宅跡地の再生を阻害した。
2004年、線引きを廃止し独自の土地利用規制へ
図7 Case 2 熊本県荒尾市 ── 県境の壁タップで拡大

福岡県大牟田市と熊本県荒尾市にまたがる「不知火・有明・大牟田」地区は、政治的な理由から一つの新産業都市として指定されました。

しかし県境を越えた予算執行は困難を極めます。開発プロジェクトの大半は、人口規模の大きい大牟田側(福岡県)で実施されました。

荒尾市は三井三池炭鉱の閉山とともに人口が減少していきます。それでも「新産都市」としての厳しい規制は残り、農村集落や炭鉱住宅跡地の再生を阻害しました。

2004年、荒尾市は線引きを廃止し、独自の土地利用規制へ舵を切っています。

熊本のまちづくりを考えるうえで、この事例は外せません。県境をまたぐ広域指定が、行政界という見えない壁の前でどう機能しなくなるか。熊本都市圏の話は 熊本のまちづくり にまとめています。

Case 2(続) 埋まらなかった都市間格差(岡山県笠岡市)

Case 2(続) 埋まらなかった都市間格差(岡山県笠岡市)
背景 広島県福山市を中心とする「備後工業整備特別地域」の一部として指定された。
「水と土地」の欠如
・平地が少なく水不足に悩む笠岡は工業化の波に乗り切れず、成長は福山側に集中した。
・市街化調整区域(農村部)の高齢化率は32%を超え(2005年)、規制が過疎化に拍車をかけた。
市民参加の議論を経て、2009年に線引きを廃止。
「特定用途制限地域」による柔軟な管理へ移行した。

笠岡市の人口の推移(人)
54,678
56,299
56,113
54,706
31,257
33,415
34,280
34,216
23,421
22,884
21,833
20,490
H2
H7
H12
H17
都市計画区域 全体市街化区域市街化調整区域
図8 Case 2(続)岡山県笠岡市 ── 都市間格差タップで拡大

笠岡市は、広島県福山市を中心とする「備後工業整備特別地域」の一部として指定されました。

ところが笠岡には平地が少なく、水も足りませんでした。工業化の波に乗り切れず、成長は福山側に集中します。

市街化調整区域(農村部)の高齢化率は32%を超え(2005年)、規制が過疎化に拍車をかける形になりました。グラフを見ると、市域全体の人口はほぼ横ばいでありながら、調整区域だけが一貫して減り続けているのが分かります。

笠岡市は市民参加の議論を経て、2009年に線引きを廃止。「特定用途制限地域」による柔軟な管理へ移行しました。

元資料のグラフは、凡例と系列の対応が入れ替わっていました。内訳の合計から判断して、上の線が「都市計画区域 全体」、中央が「市街化区域」が正しい対応です。本記事の図では修正しています。

Case 3 住民反発と、歪んだ境界線(愛媛県新居浜市)

Case 3 住民反発と、歪んだ境界線(愛媛県新居浜市)

合意が取れた土地だけを市街化区域に指定した結果
背景 東予新産業都市。住友グループの企業城下町。
猛烈な反対運動
・線引き導入時、増税と建築制限を恐れた農家・住民による激しい反対運動が起きた。
・期限に間に合わせるため、合意が取れた土地だけを「市街化区域」に指定。結果として、本来あるべき都市計画とはかけ離れた、不整形な飛び地だらけの線引きが行われた。
鹿島(茨城)では逆に、反対派を納得させるため「特例」で調整区域内の開発を許可し続け、結果として無秩序なスプロールを招いた。
図9 Case 3 愛媛県新居浜市 ── 歪んだ境界線タップで拡大

東予新産業都市に含まれる新居浜市は、住友グループの企業城下町です。

線引きの導入時、増税と建築制限を恐れた農家・住民による激しい反対運動が起きました。

行政は期限に間に合わせるため、合意が取れた土地だけを市街化区域に指定します。その結果できあがったのが、本来あるべき都市計画とはかけ離れた、不整形な飛び地だらけの線引きでした。

茨城県の鹿島では逆のことが起きています。反対派を納得させるために「特例」で調整区域内の開発を許可し続け、結果として無秩序なスプロールを招きました。

厳しくしても、緩くしても、歪む。合意形成の時間を確保できないまま線を引いたことが、両方に共通する原因でした。

共通していたのは、三つの構造だった

共通していたのは、三つの構造だった
1. 調整区域の空洞化厳しい規制により集落の維持が困難になり、規制の緩い地域へ人口が流出した
2. 「特例」による骨抜き特例措置による虫食い状の開発。インフラ効率が悪化した
3. 負担と受益の不均衡高い税負担と厳しい規制。それでも周辺部にインフラは来なかった
根本的な問題:右肩上がりの「人口急増」を前提とした1960年代のフレームワークが、人口減少社会の現実に適合しなくなっている。
図10 共通する三つの構造タップで拡大

四つの事例に共通する構造は、次の三つに整理できます。

一つめ、調整区域の空洞化。厳しい規制により集落の維持が困難になり、規制の緩い地域へ人口が流出する。

二つめ、「特例」による骨抜き。個別の特例措置が積み重なり、虫食い状の開発が進んでインフラ効率が悪化する。

三つめ、負担と受益の不均衡。高い税負担と厳しい規制を受け入れたのに、周辺部にインフラは来なかった。

根本にあるのは一つです。右肩上がりの人口急増を前提とした1960年代のフレームワークが、人口減少社会の現実に適合しなくなっている。

解法 ──「線」による二分法から、「面」の管理へ

解法 ──「線」による二分法から、「面」の管理へ
旧モデル「線引き」による二分法建ててよい/建ててはいけない
全国一律の基準
新モデル特定用途制限地域地域特性に合わせて
「建ててよいもの・悪いもの」を
きめ細かく定める
・2000年の都市計画法改正(地方分権)により、自治体の選択が可能になった。
・荒尾・笠岡・新居浜がいずれも選択したのは、この道だった。
・旧調整区域を一律に禁止するのではなく、集落の維持と秩序ある土地利用を両立させる。
図11 「線」から「面」の管理へタップで拡大

荒尾も笠岡も新居浜も、最終的に選んだのは同じ道でした。線引きの廃止と、特定用途制限地域による管理への移行です。

これを可能にしたのが、2000年の都市計画法改正(地方分権)でした。線引きをするかしないかを、自治体が選べるようになった。

旧調整区域を一律に禁止するのではなく、地域特性に合わせて「建ててよいもの・悪いもの」をきめ細かく定める。集落の維持と、秩序ある土地利用を両立させるという考え方です。

線引きの廃止は万能ではありません。廃止すれば規制が緩むため、別の形のスプロールを招く可能性があります。実際に検討する場合は、特定用途制限地域・地区計画・条例をどう組み合わせるかまで含めて設計する必要があります。

まとめ ── 成長の時代の終わりに

成長の時代の終わり、成熟の時代の都市計画へ

新産業都市という「国家プロジェクト」は、日本の高度経済成長を牽引した一方で、地方の土地利用に複雑なパズルを残した。
いま求められているのは、国が引いた境界線を守ることではない。人口減少という新たな現実に向き合い、自らの手でまちの輪郭を描き直す「自治体の意思」である。
拡大から集約へ。
標準化から個性化へ。
図12 成長の時代の終わりタップで拡大

新産業都市という国家プロジェクトは、日本の高度経済成長を牽引しました。それは事実です。

同時に、地方の土地利用に複雑なパズルを残しました。いま自治体の窓口で説明に困っている線の多くは、半世紀前の成長予測の残骸です。

求められているのは、国が引いた境界線を守ることではありません。人口減少という新たな現実に向き合い、自らの手でまちの輪郭を描き直す「自治体の意思」です。

拡大から集約へ。標準化から個性化へ。

調べるときの順番

  • 対象市町村が新産業都市・工業整備特別地域の指定を受けていたか(1962〜64年の指定21地域)
  • 線引きが現在も継続しているか、廃止されているか。廃止時期はいつか
  • 廃止している場合、特定用途制限地域・地区計画・条例でどう置き換えられているか
  • 合併市の場合、旧市町村ごとに規制が異なっていないか
  • 隣接自治体が非線引きの場合、境界をまたいだ土地利用の差がどう出ているか

参考文献・出典

参考文献・出典
藤井さやか(2010)『新産業都市や工業整備特別地域における土地利用秩序の再検討に関する研究』
(平成21年度国土政策関係研究支援事業 研究成果報告書)

国土審議会(2000)『新産業都市の建設及び工業整備特別地域の整備の今後の在り方について(答申)』

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コトバンク「新産業都市」各辞典解説(日本大百科全書、世界大百科事典 等)

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図13 参考文献・出典タップで拡大

本記事は、藤井さやか(2010)『新産業都市や工業整備特別地域における土地利用秩序の再検討に関する研究』(平成21年度国土政策関係研究支援事業 研究成果報告書)、国土審議会(2000)『新産業都市の建設及び工業整備特別地域の整備の今後の在り方について(答申)』ほかの公表資料をもとに構成しています。各自治体の線引きの現況、廃止時期、代替する規制の内容は変わることがあります。実際の検討にあたっては、必ず当該自治体の都市計画課でご確認ください。

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