商圏の考え方 ── 売上を分解して捉える
- 商圏は距離ではなく、時間と障壁で決まる
- 売上は分解できる。どこが足りないかが見える形にする
- 同じ人口でも、競合の位置で取れる客数が変わる
- 不動産業者が答えるのは立地の条件まで。事業の成否は保証しない
「この場所で店をやりたい」という相談を受けたとき、何を調べれば答えになるのか。
賃料と面積だけでは足りません。その場所に、何人が、どれくらいの頻度で来られるのか。
この記事では、商圏という考え方を実務の手順に落として整理します。
商圏とは何か
その店に来る可能性のある人が住む・働く範囲を商圏と呼びます。
半径何メートル、という円で描かれることが多いのですが、実際の商圏は円になりません。
| 商圏を歪める要因 | 内容 |
|---|---|
| 川・線路 | 渡る場所が限られ、心理的にも遠くなる |
| 幹線道路 | 横断できなければ、向かい側は別の商圏 |
| 坂・高低差 | 徒歩・自転車の客には大きい |
| 一方通行・中央分離帯 | 右折入店できなければ、片側だけの商圏になる |
| 行政界 | 生活圏が分かれていることがある |
だから、地図に円を描いて人口を数えるだけでは足りません。
実際に歩く、走る。「ここから来られるか」を体で確かめることが要ります。
三つの層に分ける
| 層 | 性格 |
|---|---|
| 一次商圏 | 来店客の大半を占める。日常的に来る範囲 |
| 二次商圏 | ときどき来る。目的があれば足を延ばす |
| 三次商圏 | まれに来る。話題性や特別な用事で |
業種によって、この広がり方が違います。
- コンビニ、日用品 一次商圏が非常に狭い
- スーパー 徒歩・自転車の範囲
- 飲食 業態と単価による
- 専門店、医療 目的性が高く、遠くからも来る
売上を分解する
売上は、次のように分けられます。
| 意味 | 効くもの | |
|---|---|---|
| 母数 | 商圏内の人口・世帯数 | 立地 |
| 来店率 | そのうち、来る人の割合 | 認知、業態、競合 |
| 頻度 | 一人が何回来るか | 業種、満足度 |
| 客単価 | 一回あたりいくら使うか | 品揃え、価格帯 |
売上が想定に届かないとき、この四つのどこで落ちているかを見ます。
- 母数が足りない 立地の判断が間違っていた。動かせない
- 来店率が低い 知られていない、入りにくい
- 頻度が低い リピートしない理由がある
- 単価が低い 品揃え・価格の問題
不動産業者が答えられるのは、一つ目だけです。
残り三つは事業者の領域です。この線引きを、はじめに伝えてください。
母数をどう調べるか
| 資料 | 分かること |
|---|---|
| 国勢調査 | 小地域(町丁字)単位の人口・世帯・年齢構成 |
| 住民基本台帳 | 最新の人口。月次で公表する自治体がある |
| 経済センサス | 事業所数・従業者数。昼間人口の手がかり |
| 交通量調査 | 前面道路の通行量 |
| 都市計画基礎調査 | 土地利用、建物用途の分布 |
国勢調査の人口は、そこに住んでいる人(夜間人口)です。
オフィス街や工業地では、昼間に人が集まり、夜は誰もいません。
| 立地 | 見るべき人口 |
|---|---|
| 住宅地 | 夜間人口 |
| オフィス街 | 従業者数(昼間人口) |
| 駅前 | 乗降客数と、通過する人の流れ |
| 郊外ロードサイド | 交通量と、車の流れる向き |
業種によって、必要な人口の種類が違います。
朝と夕方、平日と休日で、その場所に立ってみてください。数字に出ない差が見えます。
競合をどう見るか
商圏内に3万人いても、同業が5店あれば、単純には6分の1です。
ただし、実際は均等に分かれません。
| 要因 | 効き方 |
|---|---|
| 距離 | 近いほうが有利 |
| 規模 | 大きいほうが引き寄せる |
| 動線上にあるか | 通り道にあれば強い |
| 駐車のしやすさ | 郊外では決定的 |
| 先にできたか | 習慣が付いている |
「近くて大きいほうに客が流れやすい」という考え方が、古くから用いられています。
ただし、これは目安です。実際には業態の違い、品揃え、駐車場の広さで大きく動きます。
競合とは限らない
同業が近くにあることが、必ずしも不利とは限りません。
- 集積の効果 家具店街、飲食店街。まとまっているから人が来る
- 買い回りが発生する業種では、近接がむしろ有利
- 目的の違う業種は、客を分け合わない
「同業が何店あるか」より、「その集積がどう働くか」を見てください。
現地で確かめること
| 見るもの | |
|---|---|
| 歩行者数 | 時間帯別に、実際に数える |
| 通行の向き | 朝と夕で流れが逆になる |
| 車の流れ | 右折で入れるか。中央分離帯の有無 |
| 前面道路の速度 | 速いと視認されない |
| 駐車場 | 台数、入りやすさ、共同か専用か |
| 周辺の施設 | 人を集めているものは何か |
| 空き店舗 | 多ければ、その理由を考える |
賃料が安く、条件が良さそうに見えても、長く空いているなら何かあります。
- 人の流れから外れている
- 車で入りにくい
- 視認されない 建物の陰、坂の途中
- 設備が古く、改装費がかさむ
- 用途上の制限がある
- 近隣との関係に問題がある
「なぜ空いているのか」を、貸主や近隣に確かめてください。
前の借主が何をしていて、なぜ退去したのか。ここが最も確かな情報です。
用途と規制の確認
商圏の条件が良くても、その業種が営業できなければ意味がありません。
| 確認するもの | 関わる点 |
|---|---|
| 用途地域 | その用途の建物を建てられるか |
| 面積の制限 | 用途地域により、店舗面積に上限がある |
| 大規模小売店舗立地法 | 一定規模を超える場合の届出 |
| 駐車場の附置義務 | 条例。台数を確保できるか |
| 用途変更 | 前の用途と違う場合、確認申請の要否 |
| 消防法 | 用途により、必要な設備が変わる |
| 深夜営業・風営法 | 業態により、区域の制限がある |
これらは、契約の前に確かめてください。
借りてから「その用途では使えない」と分かる例があります。
説明の仕方
| 避けるべき言い方 | 適切な言い方 |
|---|---|
| 「ここなら繁盛します」 | 「商圏人口と交通量はこうです。判断の材料としてお使いください」 |
| 「売上◯◯万円は堅いです」 | 「売上の予測はいたしかねます。母数の条件をお示しします」 |
| 「競合はいません」 | 「同業はこの範囲にこれだけあります」 |
| 「人通りが多いです」 | 「◯曜日◯時に◯分間で◯人でした」 |
売上の予測を示すことは、避けてください。
外れたときに責任を問われるだけでなく、そもそも予測できるものではありません。
示すのは、調べた事実と、その調べ方です。
撤退の条件も、先に考える
出店の相談では、やめるときの条件も確認しておいてください。
- 契約期間と、中途解約の可否・違約金
- 原状回復の範囲 スケルトン返しか、居抜き可か
- 造作の扱い 買取請求ができるか
- 保証金の返還条件
- 転貸・譲渡の可否
撤退の費用が読めていないと、判断を誤ります。
とくにスケルトン返しの費用は、内装にかけた分だけ大きくなります。
- 円ではなく、実際の到達しやすさで商圏を描いた
- 川・線路・幹線道路・高低差を確認した
- 業種に応じて、夜間人口か昼間人口かを選んだ
- 国勢調査の小地域データを確認した
- 時間帯別に、現地で通行量を数えた
- 平日と休日の両方を見た
- 競合の位置・規模・動線上かを確認した
- 集積が有利に働く業種かを検討した
- 右折入店の可否を確認した
- 駐車場の台数と入りやすさを確認した
- (空き店舗)なぜ空いているか確かめた
- 用途地域で、その業種が可能か確認した
- 店舗面積の制限を確認した
- 駐車場の附置義務を確認した
- 用途変更・消防法の要否を確認した
- 中途解約・原状回復の条件を確認した
- 売上の予測を示していない
まとめ
- 商圏は円にならない。川・線路・幹線道路・高低差で歪む。
- 売上は母数・来店率・頻度・単価に分解できる。不動産業者が答えるのは母数まで。
- 夜間人口と昼間人口は別。業種によって見る数字が変わる。
- 空き店舗が続く場所には理由がある。前の借主の退去理由を確かめる。
- 用途地域・面積制限・附置義務を、契約の前に確認する。
不動産事業者、専門職団体の皆様向けにお引き受けしています。調査の手順と、説明してよい範囲の線引きをお話しします。
構成のご提案とお見積りまで、費用はかかりません。