CHIOU / 株式会社地央

専門家の説明が届かないとき ── 正しさの問題ではない

この記事の要点
  • 正しい説明が、届かないことがある。正しさの問題ではない
  • 専門用語は言い換えるだけでは足りない。前提が違う
  • 反対の言葉の下に、別の心配が隠れていることがある
  • 「分かりやすく」より、相手の場面に置き換える

資料を作り込み、想定問答も用意した。それなのに、話が通じない。

「そんな話は聞いていない」「現場を分かっていない」。説明した内容ではなく、説明する側への反発が返ってきます。

この記事では、なぜそうなるのかと、どう変えるかを整理します。

三つの落とし穴

専門家であるほど、はまる
内容
正しさ 論理的に正しければ納得される、と考える
言葉 用語が通じていないことに気づかない
視点 制度の側から見ている。相手は暮らしの側から見ている

三つとも、知識があるほど深くなります。

詳しいから、正しく説明できてしまう。詳しいから、どの言葉が難しいか分からなくなる。

① 正しさは、納得を生まない

「法的には問題ありません」「基準を満たしています」──これで納得する人は多くありません。

  • 正しいことと、受け入れられることは別
  • 不利益を受ける人にとって、正しさは慰めにならない
  • 正しさを重ねるほど、「言い負かされた」と感じさせる

議論に勝っても、事業は進みません。

相手が求めているのは、正しさの証明ではなく、自分の状況が考慮されたという実感です。

② 言葉が通じていない

言い換えるだけでは足りない

用語を平易にしても、届かないことがあります。

専門用語 ありがちな言い換え 足りないもの
用途地域 土地の使い方の決まり 自分の土地がどうなるか
建ぺい率 敷地に対する建物の割合 いまの家が該当するのか
セットバック 道路から後退すること 庭がどれだけ減るのか
受益者負担 利益を受ける人が費用を負う いくら払うのか

相手が知りたいのは、定義ではありません。

「自分の場合、どうなるのか」です。

だから、言い換えたうえで、その人の場面に置き換えてください。

この区域では、道路から◯メートル下がって建てることになります。
お宅の場合、いまの塀の位置から◯メートルほど内側になります。
建て替えのときに適用されるので、いますぐ何かする必要はありません。

③ 見ている場所が違う

専門家が見ているもの 住民が見ているもの
範囲 市域、区域全体 自分の家の前
時間 十年、二十年後 来年、再来年
評価 全体最適 自分への影響
根拠 統計、計画 日々の経験

どちらも正しい見方です。

全体で見れば改善でも、その人にとっては不便が増えることがあります。

「全体のため」という言葉は、不利益を負う人には響きません。

反対の言葉の下を聴く

言われたことと、心配していることは違う

表に出る反対の言葉が、本当の理由とは限りません。

言われること 下にある心配
「そんな話は聞いていない」 決定の過程から外された感覚
「景観が壊れる」 資産価値、日照、生活の変化
「危険だ」 子どもの通学、高齢の親
「税金の無駄だ」 優先順位への疑問
「前もそうだった」 過去に約束が守られなかった

表の言葉に反論すると、話がかみ合いません。

「景観は基準を満たしています」と答えても、心配しているのが資産価値なら、何も解決していません。

聴くための問いです。

  • 「どのあたりが、いちばん気になりますか」
  • 「具体的に、どういうことが起きると心配ですか」
  • 「いまの生活で、変わってしまうと困ることはありますか」
  • 「以前、似たようなことがありましたか」

最後の問いで、過去の経緯が出てくることがあります。

十年前の別の事業で約束が守られなかった。その記憶が、いまの反対を作っていることがあります。

できないことを、先に言う

期待を持たせてから断らない

「検討します」を繰り返すと、信頼を失います。

検討した結果できない、と後で伝えるより、その場でできないと言うほうが受け入れられます。

避けたい応じ方 望ましい応じ方
「検討します」(できないと分かっている) 「それはできません。理由は…」
「持ち帰ります」(毎回) その場で答えられることは答える
「難しいです」 何がどう難しいのか具体的に
「制度上できません」 どの制度の、どういう定めで

理由が具体的なら、納得されなくても信頼は保てます。

「予算がない」ではなく、「この区間の拡幅には用地買収が必要で、現在の事業費では対応できません」と述べる。

資料の作り方

すること
図面 自分の家がどこか分かるように
縮尺 歩いて分かる範囲で示す
前後 現状と、変わった後を並べる
視点 上からの図だけでなく、目線の高さから
数字 単位を身近なものに置き換える
未定の部分 確定と区別して示す
目線の高さの図を用意する

計画図は上から見た図です。しかし、住民が経験するのは歩いているときの見え方です。

幅員が2メートル広がる、という説明より、その場所に立ったときにどう見えるかを示すほうが伝わります。

ただし、見栄えのする角度だけを見せないでください。

影響が大きい方向からの見え方も示す。それを避けると、後で「隠していた」と受け取られます。

専門家の役割

知っていることを教える、という関係だけでは進みません。

従来 加えるもの
正解を示す 選択肢とその結果を示す
説明する 相手の状況を聞き取る
結論を伝える 判断の材料を渡す
できないと言う 何ならできるかを示す

決めるのは住民や事業者です。

専門家の仕事は、決められるだけの材料を、分かる形で渡すことです。

ただし、迎合しない

相手に合わせて、事実を曲げないでください。

  • できないことを、できるように言わない
  • 不確かなことを、確かなように言わない
  • 反発を避けるために、不利益を伏せない
  • 専門的な判断を、多数決に委ねない

伝え方を変えることと、内容を変えることは別です。

前者は工夫、後者は誠実さの問題です。

説明の場に臨むときの確認
  • 用語を、その人の場面に置き換えて説明した
  • 「自分の場合どうなるか」に答えた
  • 正しさの証明に終始していない
  • 反対の言葉の下にある心配を尋ねた
  • 過去の経緯を聞いた
  • できないことを、その場で伝えた
  • 理由を具体的に述べた
  • (資料)自分の家がどこか分かる図を用意した
  • (資料)目線の高さからの見え方を示した
  • (資料)確定と未定を区別した
  • 影響の大きい方向も示した
  • 事実を曲げていない

まとめ

  • 正しさは納得を生まない。求められているのは、状況が考慮されたという実感。
  • 用語は言い換えるだけでなく、その人の場面に置き換える。
  • 反対の言葉の下に、別の心配が隠れていることがある。
  • できないことは、その場で具体的な理由とともに伝える。
  • 伝え方を変えることと、内容を変えることは別。事実は曲げない。
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