心理的な事情の告知 ── どこまで、いつまで伝えるか
- 「瑕疵」は旧法の用語。いまは契約不適合と告知義務で考える
- 国土交通省がガイドラインを示している。まずこれを基準にする
- 迷ったら告げる。告げて失うものより、告げずに失うもののほうが大きい
- 調べ方にも限界がある。どこまで調べたかを記録に残す
過去にその部屋で人が亡くなっていた。それを買主・借主に伝える必要があるか。
建物の性能には何の問題もありません。しかし、知っていれば契約しなかったという人がいます。
この記事では、どこまで告げるべきかを整理します。
まず、枠組みを新しくする
令和2年施行の民法改正で、瑕疵担保責任は契約不適合責任に変わりました。
| 旧法 | 現行 | |
|---|---|---|
| 呼び方 | 瑕疵担保責任 | 契約不適合責任 |
| 「隠れた」要件 | 必要だった | なくなった |
| 判断の基準 | 物に欠陥があるか | 契約の内容に適合しているか |
| 買主の手段 | 解除・損害賠償 | 追完請求・代金減額・解除・損害賠償 |
いまは「契約でどう定めたか」が出発点です。
解説記事の多くが旧法の用語のまま書かれています。「隠れた瑕疵の三要件」といった説明を見かけたら、古い記述だと考えてください。
二つの責任は別のもの
| 誰の責任か | |
|---|---|
| 契約不適合責任 | 売主・貸主が、契約の相手方に対して負う |
| 告知義務・説明義務 | 宅地建物取引業者が負う |
業者は、当事者でなくても責任を問われます。
売主が知らなかった場合でも、業者が調査を尽くさなかったと評価されれば、業者の責任になります。
ガイドラインという基準
令和3年に、宅地建物取引業者が人の死に関する事案について告げるべき範囲の考え方が示されました。
それまで裁判例の積み重ねだけが頼りで、実務では判断が分かれていました。一定の目安ができたことで、扱いやすくなっています。
| 示されている主な考え方 | |
|---|---|
| 自然死・日常生活の中での不慮の死 | 原則として告げなくてよい |
| ただし特殊清掃等が行われた場合 | 告げる対象になりうる |
| 賃貸借の場合 | 一定期間の経過が考慮される |
| 売買の場合 | 期間による区切りは示されていない |
| 隣接住戸・日常使用しない共用部分 | 原則として告げなくてよい |
| 買主・借主から問われた場合 | 期間にかかわらず告げる |
売買と賃貸で扱いが違う点に注意してください。
賃貸には期間の目安がありますが、売買にはありません。売買のほうが影響が大きく、長く残るためです。
これに従えば必ず責任を免れる、というものではありません。
示されているのは一般的な考え方で、個別の事情によっては、告げるべき場合があります。
- 事件性が高く、社会的に大きく報道された
- 近隣で広く知られている
- 買主・借主が特に気にする事情を示していた
- 建物が特定されやすい
「ガイドラインの範囲外だから言わなくてよい」と機械的に判断しないでください。
迷ったら告げる
| 起きること | |
|---|---|
| 告げた場合 | 相手が契約しないかもしれない。それだけ |
| 告げなかった場合 | 契約の解除、損害賠償、行政処分、信用の失墜 |
比べるまでもありません。
告げたうえで契約に至らなければ、それは初めから成立しなかった取引です。
一方、伏せて成立させた契約は、後で崩れます。そのときの損失は、取引一件では済みません。
告げ方
- 事実を、事実として伝える いつ、どこで、何があったか
- 詳細な描写は避ける 必要なのは判断材料であって、刺激ではない
- 亡くなった方への配慮を欠かない
- 遺族が特定されうる情報は伝えない
- 書面に残す
- 相手の反応と、その後の意思を記録する
「事故物件です」という言い方は避けてください。
俗称であり、意味の範囲が人によって違います。何があったかを具体的に述べるほうが、正確に伝わります。
調べる側の限界
業者は、知っていることを告げる義務を負います。あわせて、調査を尽くす義務も問われます。
しかし、実際に確認できる範囲は限られます。
| 方法 | 限界 |
|---|---|
| 売主・貸主への聞き取り | 正直に答えるとは限らない |
| 管理会社への照会 | 記録が残っていないことがある |
| 近隣への聞き込み | プライバシーの問題がある |
| 報道の検索 | 報道されない事案が多い |
| 前の所有者の履歴 | 登記からは事情まで分からない |
だからこそ、聞き取りの記録が要ります。
売主に確認し、「ない」という回答を書面で得ておく。後に判明した場合、業者と売主の責任の切り分けができます。
告知書(物件状況報告書)を必ず取得してください。
売主に確認すること
- 建物内で人が亡くなった事実の有無
- その時期と、場所(居室内か、共用部か)
- 特殊清掃やリフォームを行ったか
- 近隣に知られているか
- 報道されたか
- 前の所有者から、何か聞いているか
最後の項目が重要です。売主自身が伝えられていない場合があります。
価格への反映
心理的な事情がある物件は、価格を下げて売り出されることがあります。
| 注意すること | |
|---|---|
| 値引きの根拠を示す | 何を理由に、いくら下げたか |
| 告げたうえで下げる | 安さの理由を隠さない |
| 相場を断定しない | 下落幅は事案と地域による |
| 再売却の難しさを伝える | 買った側も、次に売るとき同じ問題を抱える |
「安いから」で判断させないでください。
投資として買う場合でも、入居付けの難しさと、出口での制約を先に伝える必要があります。
賃貸の実務
| 扱い | |
|---|---|
| 告げる期間 | ガイドラインに目安が示されている |
| 次の入居者 | 一度貸せば告げなくてよい、とは限らない |
| 問われた場合 | 期間にかかわらず告げる |
| 記録 | 管理会社と情報を共有し、引き継ぐ |
管理会社が変わる、担当者が替わる、貸主が代替わりする。
そのたびに情報が失われます。
数年後、事情を知らない担当者が「何もありません」と説明してしまう。これが実際に起きています。
物件ごとの記録を、人に依存しない形で残してください。
- 物件状況報告書を取得した
- 売主・貸主に、人の死に関する事実を確認した
- 時期・場所・特殊清掃の有無を確認した
- 前の所有者から聞いていることを確認した
- 管理会社に照会した
- 「ない」という回答を書面で得た
- ガイドラインの考え方を確認した
- 売買と賃貸で扱いが違うことを踏まえた
- 迷った場合は告げた
- 告げた内容と時期を書面に残した
- 詳細な描写や遺族が特定される情報を避けた
- (賃貸)記録を管理会社と共有し、引き継ぐ形にした
- (価格)値引きの根拠を示した
- (投資)入居付けと出口の制約を伝えた
まとめ
- 「隠れた瑕疵」は旧法の枠組み。いまは契約不適合と告知義務で考える。
- 国土交通省がガイドラインを示している。まずこれを基準にする。
- ただしガイドラインは免罪符ではない。個別の事情で判断が変わる。
- 告げて失うのは一件の取引。告げずに失うのは、それでは済まない。
- 調査には限界がある。聞き取りの記録が、責任の切り分けになる。
不動産事業者、専門職団体の皆様向けにお引き受けしています。告知の範囲と、記録の残し方をお話しします。
構成のご提案とお見積りまで、費用はかかりません。