法人化を検討する ── 判断の分かれ目
- 個人と法人では税の仕組みが違う。比べるなら実効税率どうしで見る
- 法人には赤字でもかかる税がある。維持費も毎年発生する
- 個人の物件を法人に移すと譲渡・取得・登記の税がかかる
- 判断は税理士に。この記事は論点の整理であって、税務の助言ではない
「収益が増えてきたら法人化したほうがよい」と聞くことがあります。ただ、どこからが「増えてきた」なのか、何が有利になるのかは、状況によって変わります。
法人化は税だけの問題ではありません。融資、相続、事業の継続、そして手間。複数の要素が絡みます。
税務に関する判断は、税理士の業務です。筆者は行政書士・土地家屋調査士であり、税務の相談に応じる立場にはありません。
この記事は、税理士に相談する前に「何が論点になるのか」を整理するためのものです。具体的な有利・不利の判断や税額の計算は、必ず税理士にご相談ください。
税率や制度は改正されます。数字はその時点のものを確認してください。
個人と法人は、仕組みが違う
| 個人 | 法人 | |
|---|---|---|
| かかる税 | 所得税、住民税、事業税 | 法人税、法人住民税、法人事業税など |
| 税率の性質 | 累進(所得が増えるほど段階的に上がる) | 比例に近い(規模による区分はある) |
| 赤字のとき | 税は生じない | 法人住民税の均等割は課される |
| 損失の繰越 | 青色申告で一定期間 | 個人より長い期間 |
「個人の所得税率は最高45%、法人税率は23.2%」といった比較を見かけますが、これは同じ土俵ではありません。
- 個人には住民税が別に加わります
- 法人には法人住民税・法人事業税が別に加わります
- 法人税には所得規模による区分があります
比べるなら、これらを合わせた実効的な負担どうしで見る必要があります。単純に二つの税率を並べた比較は、判断の材料になりません。
累進課税の計算にも注意
所得税は超過累進です。課税所得が1,000万円だからといって、全額に同じ税率がかかるわけではありません。
段階ごとに異なる税率が適用され、実際の税額は「1,000万円 × 税率」より小さくなります。この計算を単純化した比較は、差を大きく見せます。
法人化で変わること
| 項目 | 変わること |
|---|---|
| 役員報酬 | 自分や家族に報酬を支払える。金額と時期に決まりがある |
| 経費の範囲 | 個人とは異なる扱いになる項目がある |
| 退職金 | 法人から支給する仕組みが使える |
| 社会保険 | 原則として加入が必要。会社負担が生じる |
| 決算・申告 | 毎期の決算と法人税の申告が必要 |
| 帳簿 | 個人より厳格な記帳が求められる |
家族を役員にして報酬を支払うことで所得を分散する、という説明があります。仕組みとしては可能です。
ただし、その報酬に見合う職務の実態が必要です。実態がないまま金額だけを設定すると、税務上認められないことがあります。
また、役員報酬は期の途中で自由に変更できません。あらかじめ決めた額を継続して支払うのが原則です。
社会保険の加入義務が生じ、会社と本人の双方に保険料の負担が発生する点も、あわせて計算してください。
法人化の形
| 形 | 仕組み | 特徴 |
|---|---|---|
| 法人が物件を所有 | 法人名義で取得・保有する | 効果は大きいが、移すときの負担も大きい |
| 管理を委託 | 個人が所有したまま、管理を法人に委託 | 移転の税負担がない。管理料の水準に妥当性が要る |
| 法人が借り上げる | 法人が個人から借り、転貸する | 賃料の設定に妥当性が要る |
どの形が適切かは、物件の規模、保有の期間、相続の見通しによって変わります。税理士と相談して決める領域です。
管理委託や借上げの形では、個人から法人へ支払う金額が「相場に照らして妥当か」が問われます。
実際の業務に見合わない高額な管理料を設定すると、税務上認められないことがあります。
近隣の管理会社の料率や、一般的な借上げ条件を確認したうえで設定してください。
かかるコスト
設立時
- 登録免許税
- 定款の認証に関する費用(株式会社の場合)
- 司法書士等に依頼する場合の報酬
株式会社と合同会社では、必要な手続きと費用が異なります。
毎年かかるもの
| 項目 | 備考 |
|---|---|
| 法人住民税の均等割 | 赤字でもかかる |
| 税理士報酬 | 決算・申告を依頼する場合 |
| 社会保険料 | 役員報酬を支払う場合の会社負担分 |
収益が出ていなくても、維持のための支出は続きます。法人化による効果が、これらを上回るかどうかが判断の分かれ目になります。
個人の物件を法人に移すとき
すでに個人で所有している物件を法人名義に変える場合、売買として扱われます。
| 税 | 誰に |
|---|---|
| 譲渡所得への課税 | 個人(売却益が出た場合) |
| 不動産取得税 | 法人 |
| 登録免許税 | 法人(登記のとき) |
| 消費税 | 建物部分(要件による) |
これらの負担が、法人化による効果を上回ることがあります。とくに保有期間が短い物件、含み益の大きい物件では慎重な検討が要ります。
借入がある場合
物件に抵当権が設定されている場合、名義を変えるには金融機関の承諾が必要です。
承諾なく移転すると、契約違反として一括返済を求められることがあります。法人への借換えが必要になることもあります。移転を検討する前に、金融機関に相談してください。
融資への影響
| 個人 | 法人 | |
|---|---|---|
| 審査で見られるもの | 本人の収入と属性 | 法人の決算内容 |
| 設立直後 | ― | 実績がないため、代表者の個人保証を求められることが多い |
| 規模の拡大 | 本人の属性で頭打ちになることがある | 決算を積み重ねることで評価が変わりうる |
設立したばかりの法人は、決算の実績がありません。個人で借りるほうが条件が良い場面もあります。金融機関に確認してください。
相続を見据える場合
法人が資産を保有する形は、相続の場面で選択肢を増やすことがあります。不動産そのものではなく、法人の持分を承継する形になるためです。
「法人化すれば相続税が下がる」という単純な説明には注意してください。評価の方法、株式の保有割合、事業の実態によって結果は変わります。
また、税負担の軽減を主たる目的とした取引について、税務上否認された事例があります。
相続を見据えた設計は、税理士と、必要に応じて司法書士・弁護士を交えて検討する領域です。
判断の順序
| すること | |
|---|---|
| 一 | 現在の収益と、今後の見通しを整理する |
| 二 | 物件を増やす予定があるか決める |
| 三 | 相続をどうしたいかを考える |
| 四 | 税理士に相談する(一〜三を持参して) |
| 五 | 金融機関に、融資への影響を確認する |
| 六 | 維持コストと効果を比べる |
| 七 | 形を決める(所有/管理委託/借上げ) |
四番目より前を自分で整理しておくと、相談が具体的になります。
「今すぐ法人化すべき」と言われたら
誰が、何のためにそう言っているかを確認してください。
法人設立や物件の販売に関わる立場からの助言である場合、その立場を踏まえて受け取る必要があります。
税務の判断は、その取引に利害関係のない税理士に確認するのが確実です。
法人化しないという選択
個人のままでも、青色申告による特典や、事業的規模での取扱いなど、使える仕組みがあります。
「法人化するかどうか」の前に、「今の形で使える仕組みを使い切っているか」を確認してください。これも税理士に相談する内容です。
- 現在の収益と今後の見通しを整理した
- 物件を増やす予定があるか決めた
- 相続の見通しを考えた
- 税理士に相談した
- 実効的な税負担どうしで比べた単純な税率の比較にしない
- 赤字でもかかる税があることを確認した
- 毎年の維持コストを見積もった税理士報酬・社会保険料
- 社会保険の会社負担分を計算に入れた
- (家族を役員に)職務の実態があるか確認した
- 役員報酬の変更に制限があることを確認した
- (物件を移す)譲渡・取得・登記の税を試算した
- (借入がある)金融機関に承諾の要否を確認した
- 設立直後の融資への影響を確認した
- (管理委託・借上げ)金額の水準に妥当性があるか確認した
- 相続に関する説明を鵜呑みにしていない
- 個人のままで使える仕組みを確認した
まとめ
- 税務の判断は税理士の業務。この記事は論点を整理するためのもの。
- 比べるなら実効的な税負担どうしで。単純な税率の比較は差を大きく見せる。
- 法人には赤字でもかかる税がある。維持費も毎年発生する。
- 個人の物件を移すと、譲渡・取得・登記の税がかかる。借入があれば金融機関の承諾も要る。
- 「今すぐ法人化すべき」と言われたら、誰が何のために言っているかを確認する。
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